「俳優にはお芝居よりも大事なことがある気がするんです。それは石原さん、渡さんからも言われたことです。『ひろし、芝居なんかしちゃだめだよ』って。
二人ともお芝居は下手ですよね。僕も含めて、うちはみんな下手です。でも芝居はセリフを言ったりカメラの前で動いていれば、なんとかなるんです。きっとそれは大切なことではない。
究極は、芝居をしないでそこに存在している、ということではないかと思います。映画を観た時の存在感。大事なのは、その映画の中に生きている石原裕次郎さん、渡哲也さんを感じさせることなんですよね。
たとえば、『西部警察』はストーリーも大した話ではなくて、爆破して車がひっくり返るだけです(笑)。でも、最後に石原さんと渡さんの二人が港をバックにトレンチコートを着て歩くだけで説得力がある。どんなストーリーでも、最後に二人が歩けば納得しちゃう。俳優って、究極はそういうことだと思うんです。
あの二人のような俳優でありたい。圧倒的な存在感。俳優って、ファーストカットでスクリーンにドーンと登場した時に決まると思うんです。少々芝居が下手でも、この圧倒的な存在感とか格好良さみたいなものがあれば、もっちゃうんですよね。
ホンをもらって芝居をするのではなく、人生丸ごと演じちゃえ。お二人は僕にそう言いたかったんだと思います。その中で何かを切り取っていけばいい。
二人とも人生を演じきった。僕は、そこまでは演じ切れていませんね」
【プロフィール】
春日太一(かすが・たいち)/1977年、東京都生まれ。主な著書に『天才 勝新太郎』『鬼才 五社英雄の生涯』(ともに文藝春秋)、『なぜ時代劇は滅びるのか』(新潮社)など。本連載をまとめた『すべての道は役者に通ず』(小学館)が発売中。
撮影/五十嵐美弥
※週刊ポスト2021年1月29日号