橋本さんの語るその「プチ教祖」は園でも有名な厄介者のママさんだ。まるで「この世のすべてを知っている」みたいな顔をして先輩ママさん面で近づいて来るが、ほとんどのママさんは近寄らないか通り一遍の会釈でやり過ごすという。
「そりゃそうですよね、でも信者のママさんは「○○さんはすごい人」って完全にハマってるみたいです。うちの妻からすれば『はあ?』ですけど。そりゃ『はぁ?』ですよね」
シングルマザーで子どもを育てるたくましい女性、と映ったのかもしれないが、その信者となったママ2人も園で孤立しているという。いや、させられているのか。ある程度の集団なら相違もあるが、たいてい数人、もしくは2人きりだったりするので価値観は単一化、教祖は絶対となる。
「教祖の買い物には必ずついていって、信者のママさんが支払います。支払うといってもスーパーの買い物とか、日用品レベルみたいですけど」
いやはや、なぜ他人の生活まで面倒をみるのか。
「家事だって代わりにやったりするみたいですよ、でも友人関係とかそんなんじゃないですね、一方通行ですから。まさに教祖と信者」
聞けば何でもない女性、どんな魔法を使えばそこまで他人を支配できるのか。
「その教祖、最初はすごく人当たりがいいんですよ。うちは引っ越してきた身ですし、妻も人見知りするほうなので入園式では知り合いもいないので一人でいたら、その教祖が話しかけてきました。妻はあしらいましたけど、ハマる人はハマるんでしょうね、グイグイ心に入ろうとする感じ。あれはマインドコントロールだ! って妻がワイドショーみたいに逐一報告するから、変に詳しくなっちゃいましたよ」
ママ友から金を借りるボスママ
“最初に話しかけてくる奴には気をつけろ”ではないが、確かに知り合いのいない席で最初に馴れ馴れしく話しかけてくる人は、申し訳ないが後から知るとヤバい人とかイタい人ということが多かった。やっと話し相手ができたとホッとしたのも束の間、業界全体から嫌われているような危険人物だったり、延々と自慢話を聞かされたりしたあと「あの人に捕まって災難でしたね」としばらくして別の人たちから聞かされるなんてことはあった。
「目ざとく見つけるんでしょうね。だいたい年下か大人しそうな人、その教祖も手当り次第に声かけて、2人の信者を作ったわけで」
『小公女セーラ』という名作アニメがあったが、ヒロインのセーラをいじめる華やかな美少女、ラビニアが引き連れていたジェシーとガートルードのようなものだろうか。
「いやいや、ママ友の世界はそんなカワイイもんじゃないですよ。」
橋本さんが笑って首を振る。セーラ話は同世代ならたいてい通じる。しかし橋本さんはすぐに顔をしかめてソファーの背もたれに頭を預けた。