現役大学院生で竜王の座に就いた“強者”

 いま、注目を浴びているのは、棋王戦五番勝負で渡辺名人・三冠と死闘を繰り広げている糸谷哲郎八段(32)である。小学校4年生で奨励会に入門し、2006年に高校2年で四段に昇段。4月にプロ棋士に。翌2007年に大阪大学文学部に入学。将棋界で初めて現役棋士として国立大学に進んだ。

糸谷哲郎八段(写真右/日本将棋連盟提供)

糸谷哲郎八段(写真右/日本将棋連盟提供)

 卒業後は大学院に進み哲学を専攻。その後、将棋に専念するため一時休学したものの、その後復学し、2017年に修士課程を卒業した。この間、2014年には現役大学院生として竜王の座に就いている。

 まさに天は二物を与えたのである。糸谷八段の父親(康宏氏=東大大学院卒)が『Number Web』のインタビュー記事(2021年2月6日)の中で、大学進学当時の経緯についてこう語っている。

〈棋士になっても大学へ行くことは、早くから決めていたようだ。『棋士という職業が決まったことだし、大学で好きなことを勉強したい。哲学をやりたい』と言う。僕も妻も、異論はなかった〉

大阪大学大学院では哲学を専攻していた糸谷哲朗八段(写真提供/日本将棋連盟)

大阪大学大学院では哲学を専攻していた糸谷哲朗八段(写真提供/日本将棋連盟)

 小学生低学年のときに三国志を読破したという糸谷八段は、『大阪大学NewsLetter』(2015年3月)での対談で、将棋と哲学の接点についてこう述べている。

〈どちらも常識を疑うことが大切だという点です。例えば、これまで常識とされていた将棋の手を疑う、また日常的に暮らしている中での常識や知恵をまず疑い、常に満足せずに疑い続けるということです。

 将棋を学ぶ後輩たちを見ていると、勉強して頑張っただけで満足する。つまり現状追認で終わっている傾向があると感じます。そこからどう疑問を持って伸ばしていけるかが重要なのだと思います〉

 そして、将棋と哲学の相乗効果については〈互いがリフレッシュ効果をもたらしています。一つのことだけをやっているよりは、頭の使い方を変えるだけで、ほかの考え方もよくなるということはあります〉と、その効用を語っているのが興味深い。大学、大学院生活と棋士生活の両立をなしえた人物ならではの含蓄のある言葉である。

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