お金といえば、1か月の入院費は約6万円也。心不全で救急車で運ばれた93才の母ちゃんが生還できた、そのお値段が6万円。
「ふん、あんなまずいもの食わせて」
入院費にはケチのつけようがないのか、母ちゃんの怒りの矛先は、味の薄い病院食に移っていった。
母ちゃん、どんなに寂しかったろう、心細かっただろう。コロナ禍じゃなかったら、見舞ってグチを聞いてやれたのに、とも思う。
それはそれとして、病院を責める気にはどうしてもなれないんだわ。というのも、母ちゃんが並べ立てる不満の数々とは無縁の病院を私はこの目で見たことがあるから。
ずいぶん前のことだけど、友人K子さんの母君(当時100才を超えていた!)が都内随一の高級病院に入院したとき、「モノカキなら見ておいた方がよくない?」とお見舞いに同行させてくれたの。
いやはや、こんな病院があったのかと、お口ポカンよ。まず病院特有のニオイがしない。廊下は落ち着いた色のじゅうたん張りで、病室のドアなんか木製だよ。夕方になって、若くてハツラツとした看護師さんが、「○○さ~ん、お先に失礼します。また明日、よろしくお願いしますね~」とその母君に声をかけた。母君はといえば、目は開いているけど、声に反応して動くことはない。それでも患者をちゃんとした人として対応するのが、病院のポリシーというか、方針なのね。2週間前のパジャマをそのまま着せているなんて、絶対にありえないわ。
でも、その病院にうちの母ちゃんが入院することもまた、絶対にないんだわ。1か月の入院費をK子さんは「150万円くらい」と言ってたけれど、母ちゃんが聞いたら、治療する前に憤死するって。
病院は体の修理をするところ。人らしい扱いをされたかったら、お値段が青天井の自由診療の病院に行っとくれ、と日本の医療システムは言ってるわけで、それはそれで筋が通っているのよ。
そりぁ、母ちゃんの腕の点滴針を抜き忘れたまま退院させたのはどうかと思うよ。でもそれも、医師はもう少し入院させて点滴をしたかったのにバアさまが断固拒否、という経緯を事前に聞いていたので、点滴針は病院側が土壇場まで頑張ってくれた証、と解釈することにした。まぁとにかく、この強情っぱりバアさまを、立って歩いて元気に怒る体に戻してくれた医師と看護師はやっぱり尊敬に値する、と私は思うんだよね。
で、母ちゃんはというと、医師の指示で自宅には戻らず、しばらく老健(介護老人保健施設)でリハビリすることになった。それがわかると「バカ言ってんじゃね! 家に帰るんだ」と怒る、怒る。私と弟夫婦は逃げるように老健から離れた。
老健で落ち着いたら、私が在宅介護するつもりでいる。が、母ちゃんが自宅で好き放題の生活をしたら、先は長くない。なかなか難しい局面になってきた。
【プロフィール】
「オバ記者」こと野原広子/1957年、茨城県生まれ。空中ブランコ、富士登山など、体験取材を得意とする
※女性セブン2021年4月29日号