1試合で2安打放つとホッとしてしまう
ダルビッシュに追いつこうとは考えられなかったが、大学で投手として頑張れば下位指名でプロにいけるかもしれない――。しかし、人生は分からないものだ。自身の思い描いた人生設計と違った野手転向が大成功だった。走攻守3拍子揃った外野手として高い評価を受け、想像すらしなかったドラフト1位でプロの世界に飛び込む。うれしかった半面、「僕はドラフト1位の器じゃない」という思いが消えなかった。
「1軍の主力だけでなく、ファームの選手たちも体つきが全然違いました。技術以前の問題で体力がなかったので試合が続くとパフォーマンスが落ちる。あとは心が伴っていなかった。元々目立ちたくない性格で、あがり症なんです。新人のイベントでもマスコミはドラフト1位の僕だけ写真を撮るので居心地が悪かった。うれしかったはずのドラ1がいつの間にか大きな重圧になっていました」
他の選手と比べて足りない部分ばかり気になったが、首脳陣の見方は違った。強肩を誇る外野の守備、ミート能力が高く広角に打ち分ける打撃で能力は文句ない。監督が変わる度に期待の選手として松本の名前が挙げられた。だが、1軍に定着できない。コーチから何度もこの言葉を掛けられた。
「素質はいいモノを持っているんだから、もっと自信を持て」
繊細な性格で自分の力を信じ切れない。このままではダメだと分かっている。殻を破ろうと必死だった。普段はおとなしい性格だが練習中から声を張り上げたり、スポーツ心理学の本を読み漁ったりしたことも。だが、状況は好転しない。年数を重ねると、失敗が許された若手の時と立ち位置が変わってくる。高校、大学の時のようにレギュラーが保証された立場ではない。1軍と2軍を行き来する立場で途中出場の1打席、守備のワンプレーで野球人生が大きく変わる。「絶対に結果を出さないと」。ベンチに控えている時から緊張で体が硬くなる。精神的に追い込まれ、気づくと試合に出るのが怖くなっていた。
「1試合で2安打打ったら、あと1週間は1軍にいられるとホッとしてしまう自分がいた。周囲に『そういう考え方はダメだよ』と言われてもなかなか変えられなかった」
2017年オフ。DeNAから戦力外通告を受ける。プロ9年間で通算302試合出場、打率.235、7本塁打、45打点。将来の主軸と期待されながら、最後までレギュラーをつかめなかった。
今も交流がある早大の後輩、斎藤佑樹へ
悔いはなかったが、やり切ったという感情も芽生えなかった。社会人・新日鉄君津かずさマジック(現・日本製鉄かずさマジック)に入団すると、ある誓いを立てる。「もうネガティブに考えるのはやめよう」。プロは毎日試合が続くため一喜一憂せず感情の起伏を抑えていたが、社会人野球では自然体でプレーすると笑顔が増えた。
「野球が楽しいと初めて思えたんです。プロの時に気づけばよかったんですけどね。ちょっと遅かったかもしれないけど、幸せな時間でした」