ライフ

書評・日常に社会の端々が混じる小説『もう死んでいる十二人の女たちと』

『もう死んでいる十二人の女たちと』著・パク・ソルメ

『もう死んでいる十二人の女たちと』著・パク・ソルメ

【書評】『もう死んでいる十二人の女たちと』/パク・ソルメ・著 斎藤真理子・訳/白水社/2200円
【評者】大塚英志(まんが原作者)

 あたらしく書かれる小説を殆ど読まなくなったのは、そこに描かれたのが日常であれ狂気であれ、あるいは無闇に転生する類のものであっても、そのひどく主観的な小説の世界が外側に向かってひどく丁寧に閉じられていることだ。外側とは言葉にすればもはや揶揄や嘲笑の対象以外ありえない、「社会」としか言いようのないものだ。

 対して、韓国の小説でも映画でもぼくには奇妙に懐かしいのは、例えばゾンビアニメでさえ当然のように格差を描くように、その日常や生活空間が常に「社会」込みだということだ。

「社会」を背負って表現する作品もないわけではないが、日常の中に社会の端々が当たり前のように混じっている。パク・ソルメの小説はまさにそんな感じだ。光州事件やミソジニー殺人事件など社会的な出来事を扱ったと解説にはあるが、その世界は一方では架空の韓国での原発事故のあった町や、他方では連続殺人犯を殺された女たちが今度は繰り返し殺す世界とも地続きである。

 重要なのは「外」からもたらされるものが社会であっても非現実的な出来事でも不条理な暴力でも、ただ意味のない言葉でも、大抵、人の口から、つまりオーラルに作中の「私」の世界に届くことだ。だからと言って人と人がどうにも面倒に繋がろうともせず、ただ、日々を気負わずに切り取れば、社会も暴力も幻想もどれがどれだか必ずしも判然とせず、「そこ」にあるということだ。

 いいな、と思うのが、それら一つ一つをいちいち忌避することもマウントをとりにいくこともないことで、何故かなと考えると、1985年生まれの作者の小説には不思議とSNSやwebがなく、替わりに会話やカラオケの歌や光州事件のプリントや映画館でのディスカッションやそういう言葉で人と人とが関係し、ぼんやりと私がつくられる、その様が正確に書いてあるからだとわかる。

 この人の小説はもう少し読んでみたい。何でも永山則夫を扱った小説があるらしいが、それを是非。

※週刊ポスト2021年5月21日号

関連キーワード

関連記事

トピックス

どんな役柄でも見事に演じきることで定評がある芳根京子(2020年、映画『記憶屋』のイベント)
《ヘソ出し白Tで颯爽と》女優・芳根京子、乃木坂46のライブをお忍び鑑賞 ファンを虜にした「ライブ中の一幕」
NEWSポストセブン
相川七瀬と次男の凛生君
《芸能界めざす息子への思い》「努力しないなら応援しない」離婚告白の相川七瀬がジュノンボーイ挑戦の次男に明かした「仕事がなかった」冬の時代
NEWSポストセブン
俳優の松田翔太、妻でモデルの秋元梢(右/時事通信フォト)
《松田龍平、翔太兄弟夫婦がタイでバカンス目撃撮》秋元梢が甥っ子を優しく見守り…ファミリーが交流した「初のフォーショット」
NEWSポストセブン
世界が驚嘆した大番狂わせ(写真/AFLO)
ラグビー日本代表「ブライトンの奇跡」から10年 名将エディー・ジョーンズが語る世界を驚かせた偉業と現状「リーチマイケルたちが取り戻した“日本の誇り”を引き継いでいく」
週刊ポスト
佳子さまを撮影した動画がXで話題になっている(時事通信フォト)
《即完売》佳子さま、着用した2750円イヤリングのメーカーが当日の「トータルコーディネート」に感激
NEWSポストセブン
国連大学50周年記念式典に出席された天皇皇后両陛下(2025年9月18日、撮影/JMPA)
《国連大学50周年記念式典》皇后雅子さまが見せられたマスタードイエローの“サステナブルファッション” 沖縄ご訪問や園遊会でお召しの一着をお選びに 
NEWSポストセブン
豪雨被害のため、M-1出場を断念した森智広市長 (左/時事通信フォト、右/読者提供)
《森智広市長 M-1出場断念の舞台裏》「商店街の道の下から水がゴボゴボと…」三重・四日市を襲った記録的豪雨で地下駐車場が水没、高級車ふくむ274台が被害
NEWSポストセブン
「決意のSNS投稿」をした滝川クリステル(時事通信フォト)
滝川クリステル「決意のSNS投稿」に見る“ファーストレディ”への準備 小泉進次郎氏の「誹謗中傷について規制を強化する考え」を後押しする覚悟か
週刊ポスト
アニメではカバオくんなど複数のキャラクターの声を担当する山寺宏一(写真提供/NHK)
【『あんぱん』最終回へ】「声優生活40年のご褒美」山寺宏一が“やなせ先生の恩師役”を演じて感じた、ジャムおじさんとして「新しい顔だよ」と言える喜び
週刊ポスト
林家ペーさんと林家パー子さんの自宅で火災が起きていることがわかった
《部屋はエアコンなしで扇風機が5台》「仏壇のろうそくに火をつけようとして燃え広がった」林家ぺー&パー子夫妻が火災が起きた自宅で“質素な暮らし”
NEWSポストセブン
1年ほど前に、会社役員を務める元夫と離婚していたことを明かした
《ロックシンガー・相川七瀬 年上夫との離婚明かす》個人事務所役員の年上夫との別居生活1年「家族でいるために」昨夏に自ら離婚届を提出
NEWSポストセブン
“高市潰し”を狙っているように思える動きも(時事通信フォト)
《前代未聞の自民党総裁選》公明党や野党も“露骨な介入”「高市早苗総裁では連立は組めない」と“拒否権”をちらつかせる異例の事態に
週刊ポスト