とはいえ、このケースはとっても恵まれているし、レアでもあります。芸能人のみならず、キャリアをストップすることを恐れ続けた歴史が女性たちにはありました。
私の世代(社会人デビューは1980年)で振り返れば、結婚かキャリアかの二者択一だった時代の最後の方だったという自覚はあります。
そして1986年、男女雇用機会均等法が施行されました。念のため、説明させていただくと、企業の事業主が募集や採用、配置、昇進、福利厚生、定年、退職、解雇にあたり、性別を理由にした差別を禁止することなどが定められたのです。
あらら……、こうして文字化すると、本当に施行されたの?とツッコまずにはいられません。ご存じのように、WEF(世界経済フォーラム)によれば、日本のジェンダーギャップ指数(男女格差)は世界156か国中、120位と惨憺たる状況です。東京オリパラ開催に向けて、森喜朗さんや佐々木宏さんによる女性蔑視が表沙汰になったのは悪いこととは思いませんでしたが、現実を突きつけられて気持ちが萎えてしまったのも事実です。
コロナも原因といわれていますが、出生率はまた下がりましたよね。前述の「キャリアと結婚」に「出産」が加わったとき、キャリアは捨てるものだとされていた時代も私の世代では「ありました」。
その昔(と言っても15年程前の話ですが)、某局の人気女性アナウンサーが若くして2度目の産休を取った際、「こんなことなら、採用するんじゃなかった」と嘆いていたエライさん(もちろん男性)がいたのには愕然としてしまいました。そんなふうでしたから、その下の世代の女性アナウンサーには転職が目立っているのかなぁと思ってしまいます。
男性同士はかばい合い「できない後輩ほどカワイイ」の声も
数千倍の競争率を勝ち残り在京局の女性アナウンサーになっても、定年までアナウンス室にいられる人というのは本当に少なくなっています。「30才定年説」という言葉が広まったのは10年以上も前のこと。宣伝部など、他部署へ異動させられたのを機に退社する女性アナウンサーも目立ちました。
年齢を重ねてもしゃべり手として残るため、女性アナウンサーの間で「気象予報士」の資格を取得しようとする人たちが激増したのも、その頃。ですが、「気象予報士」とて、現在は若いフリーキャスターばかりで、その肩書が効いた女性アナウンサーは、ほとんどいなかったのです。