音楽誌『BURRN!』編集長の広瀬和生氏は、1970年代からの落語ファンで、ほぼ毎日ナマの高座に接してきた。広瀬氏の週刊ポスト連載「落語の目利き」より、81歳になってさらに面白味を増した柳家小三治『粗忽長屋』についてお届けする。
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5月28日、めぐろパーシモンホール(大ホール)で行なわれた「柳家小三治 初夏の会」を観た。
小三治は3月22日に倦怠感を訴えて入院。腎機能に問題があり、治療しながら体力の回復に努めていた。4月12日に退院した後は5月1日の一門会での高座復帰に向けて自宅で治療とリハビリを続けていたが、緊急事態宣言で公演が9月に延期となり、5月21日に兵庫県で行なわれた柳家三三との親子会が退院後の初高座となった。東京では24日に渋谷で独演会があったが僕は観ていない。
ゆっくりと、だがしっかりとした足取りで登場した小三治は「今日退院してここに来ました」と言った。「これが三度目の入院ですが、全快したと言われました」というから、検査入院のようなものだろうか。
この会場から近い都立大学と学芸大学にまつわる思い出を語った後に入っていった一席目は『粗忽長屋』。兵庫と渋谷でも掛けた演目だ。
小三治は若い頃から『粗忽長屋』を得意としてきたが、60代に入ったあたりからケタ違いに面白くなった。思い込みの激しい八五郎とトボケた熊五郎という二人の愛すべき粗忽者が高座の上で自在に動き回り、周囲の人々を困惑させるのである。81歳の今、その“自由度”はさらに増し、枝葉を削ぎ落とした“核”の部分を楽しそうに演じている。
行き倒れの現場で世話人に八五郎が「当人連れてきましょう、目と鼻の先ですから。それまで誰かに持ってかれねえように。持ってかれたら探すの大変ですから」と世話人に言った次の瞬間「おい! 熊!」と戸を叩く場面転換の妙は小三治ならでは。
高座から立ち上がった小三治は、療養生活の影響か自力で歩けず弟子の三之助を呼んで肩を借りながらゆっくりと袖まで歩いて行ったが、休憩後の二席目の高座にはしっかりと一人で歩いて登場した。演じたのは『猫の皿』。