〈これに対して、ミュンヘン一揆の失敗から、政権獲得まで10年もかかったヒトラーは、その間、選挙でナチスの勢力を拡大するしか手はありません。そこで、街頭に出て演説によって大衆を扇動したのです。稀代のデマゴーグですが、党勢拡大という必要性に迫られていただけに、演説の、つまり場所、時間、対象、内容などを細かく計算し尽くしました。
たとえば、大衆を扇動するには、朝よりも夜のほうが良いことを学習しました。そこで、 ヒトラーは、出勤時ではなく、一日の仕事を終えて疲れ切って帰路を急ぐ労働者にむかっ て演説を行い、彼らの不満を利用して支持を広げていったのです。大衆を動かす演説とい う点では、ヒトラーはムッソリーニを超えたと思います。まさに、「出藍の誉れ」です。
制服や党旗、党歌などのシンボルについても、ナチスはファシストから多くのものを学んでいます。ムッソリーニとヒトラーの展開したプロパガンダやスローガンはよく似ています〉(同前)
ムッソリーニなくして、ヒトラーが出現することはなかった。両者の共通点と違いを理解することは、歴史の悲劇を繰り返さないために絶対必要なことだ。
*『ムッソリーニの正体 ヒトラーが師と仰いだ男』(小学館新書)を一部抜粋、再構成
【プロフィール】ますぞえ・よういち/1948年、福岡県北九州市生まれ。1971 年東京大学法学部政治学科卒業。パリ(フランス)、ジュネーブ(スイス)、ミュンヘン(ドイツ)でヨーロッパ外交史を研究。東京大学教養学部政治学助教授などを経て、政界へ。 2001年参議院議員(自民党)に初当選後、厚生労働大臣(安倍内閣、福田内閣、麻生内閣)、東京都知事を歴任。著書に『都知事失格』、『ヒトラーの正体』など。