舛添要一一覧

【舛添要一】に関するニュースを集めたページです。

舛添要一氏も変形性股関節症に悩まされた(時事通信フォト)
舛添要一・前都知事、変形性股関節症との闘い「病室が執務室になった日々」を振り返る
 多くの人が悩んでいるという「股関節」の痛み。川崎医科大学附属病院整形外科教授で股関節外科が専門の三谷茂医師によれば、実際に痛みなどの症状を有する変形性股関節症の患者数は、男女合わせて推定500万人程度と考えられている。 脚の付け根にある左右の股関節は人体で最も大きな関節で、骨盤と大腿骨を繋ぐ“要”だ。周囲には大腿四頭筋や内転筋などがあり、「立つ」「歩く」「座る」など下肢を大きく動かす際に重要な役割を果たしている。その股関節の軟骨がだんだんすり減って変形したり、骨同士がこすれて炎症を起こしたりする病気が「変形性股関節症」だ。 変形性股関節症の治療は、鎮痛剤で痛みを緩和し、筋トレなどで症状を改善する「保存療法」と、根本的な治療を目指す「手術療法」に分けられる。 前都知事の舛添要一氏(73)は、変形性股関節症の治療のために、股関節を人工股関節に換える手術を受け、長年の苦痛から解放された。舛添氏は「術後のリハビリこそが本当の勝負」と言う。 舛添氏が最初に異変に気付いたのは2007年に厚労相になってからだった。「予算委員会で朝から晩まで答弁のために座っていなければならない。その時に腰痛がひどくなったのです。座り心地の悪い椅子に座りっぱなしのせいだと思いました。定期的に鍼やマッサージに通い一時的に良くなっても、腰の痛みは少しずつ増していた。まさか、原因が股関節だったとは……」“腰”の痛みと長年格闘した舛添氏の病気が、変形性股関節症と判明したのは都知事時代だった。「痛みがひどくて片足を引きずって歩くようになり、都議会の答弁で演台に向けて立ち上がるたびに痛みを感じていました。1回動くだけで30秒から1分くらいは痛くなるので普通に歩くことができないんです。 腰痛と信じて疑わなかったのですが病院に視察に行った際に、車から降りて痛がる私を見て、整形外科が専門の院長さんに『知事、それは股関節ですよ』と指摘された。後日レントゲンを撮ると、『左の股関節の軟骨が摩耗してひどい。右もこうなりますよ』と医師に告げられました」 しかし、公務があるためすぐ手術というわけにはいかず、“つなぎ”の処置としてズレた脚の長さを調整するために「革靴の底上げ」で対応した。「革靴のヒールを片方だけ1~2cm底上げして、あえて左右の靴の高さをズラしたんです。そうすれば自然と重心が移るので歩く時に足を引きずらなくなる。公務で視察する時も、テレビに映る時も少し楽になり、しばらくはそれで凌いだ」(舛添氏) ようやく手術できたのは、病名が判明してから1年が過ぎた頃だった。入院した病院には専門医がおらず、執刀医を他院から呼び寄せたという。手術は午前中で終わったが、翌日からは過酷なリハビリがスタートした。「まずは寝た姿勢のまま足の先を動かす訓練、続いて車椅子に移動、トイレに行く訓練です。翌々日には歩行器の訓練になり、トイレも自力で行きました。3日後から午前午後を通してリハビリ、4日後には平行棒を使った歩行訓練が始まりました。その時から都庁の幹部が来て、日中は病室を『執務室』として公務、朝晩はリハビリという日々が続き、1か月近くして退院できました」(舛添氏) 退院後も週1~2回は病院に通い、最終的にはリハビリを数か月続けた。「むしろ“勝負”は手術後のリハビリだと実感しました。これをちゃんとやるかどうかですよ」 2017年には右の股関節を手術したが、1回目より回復は早かったという。「腰痛もなくなり、普段は人工股関節であることを忘れて生活している。こんなに良くなるなら、もっと早く手術をやればよかった」(舛添氏)※週刊ポスト2022年5月20日号
2022.05.11 19:00
週刊ポスト
舛添要一氏に性の仕組みを教えてくれたのは?(時事通信フォト)
舛添要一氏が懐かしむ北九州時代 地元のヤクザから学んだ「男女の話」
 インターネットの普及によって、分からないことは何でもネットで調べればいい、という昨今。たとえば、家族と話しづらい“性”に関することをネットで検索する子供も多いだろう。では、ネットがなかった時代に育った世代は、親にも聞けない性の知識をどこから仕入れたのか? 元東京都知事の舛添要一氏(72才)は、意外なルートから知識を得た体験を明かす。 * * * 地域によって違うと思いますが、私が生まれ育った福岡・北九州市では、中学生の時に家庭科と保健体育が一緒になったような授業がありました。子供が生まれる過程みたいなことは学んだように思いますね。高校生でも、生物の授業で科学的な“生殖のメカニズム”を教わりました。 しかしそんな授業がなくても、その頃には既に性の仕組みをみんな知っていた。教えてくれたのは、親でも学校でもなく町内に住んでいた兄貴分たちです。 当時、テレビはあったけれどそんなに性的なものはやらないし、いわゆるポルノのようなものはほとんど子供たちの目にはつかなかった。基本は町内の集まりで、遊びの合間に中学高校のスケベな先輩やちょっとヤクザっぽい兄貴分みたいな人から教わりました。 小さい時に一緒に遊んでいた4、5年上のガキ大将は、私たちが10~15歳になる頃にはもう18歳とか20歳。大学進学率は今ほど高くなく、ほとんどが就職して仕事に出ていたので、セックスの経験なんかを自慢気に私たちに聞かせるわけです。彼らの話といえば、もっぱらエロネタばかりだった。 学校の友人よりも、町内で教わる機会のほうが多いというのは、特有の風土なのかもしれません。北九州は暴力団発祥の地みたいなところで、高倉健さんも筑豊炭田の生まれ。健さんが演じた任侠路線を地で行くような風土がありました。ヤクザ同士が酒を飲みながら、冗談めかして子供たちに男女の話を教えるなんていうこともしょっちゅうでしたね。 性を共に学んだ町内の知人たちは、区画整理もあってバラバラになり今では連絡が取れませんが、もしみんなで会う機会があったら、「兄貴分からこんなエロ話を聞いたなあ」って、懐かしく思い出すでしょうね。やる必要がない いろんなエロ話を聞いていた子供時代でしたが、実際に私が性的興奮を感じるようになったのは高校に入学してからで、クラスメイトの女子と恋愛して初めて“男と女”というものを感じました。 そんな時代でしたが、私から自分の娘と息子に性の話をしたり教育をしたりしたことはまったくありません。振り返ってみても、性について教えたことは一度たりともないですね。 自信がないからやらないわけではなく、最初からやる必要がないと考えていました。学校で教わっていることはわかっているし、子供たちも親に干渉されたくないと思っているでしょうからね。妻と娘は女同士ですから、生理についての話などはしていたかもしれませんが、私と息子の間ではまったくない。 我々よりもはるかにネットに詳しいですから、ネットを通じて知識を得たり、友達や部活の仲間なんかとそういう話をしているんじゃないですか。町内の集まりで聞くみたいな時代はもうなくなってしまったのは、少し残念な気がするね。※週刊ポスト2021年12月10日号
2021.12.05 16:00
週刊ポスト
自民党OBに総裁選の行方を聞いた(写真は舛添要一氏)
舛添要一氏「岸田総裁なら“疑似政権交代”のような雰囲気出せる」
 9月17日に告示され、29日に投開票を迎える自民党総裁選。現職の国会議員、まして権力にしがみつく自民党議員には、選挙という目先の利益しか見えていない。そこで選ばれる総理・総裁は、果たしてその任を全うできる人材なのか。それを見抜けるのは、歴史を知る元自民党のベテラン議員OBしかいない。 本誌・週刊ポストは、歴代の総理・総裁の成功と失敗を見てきた自民党OBの長老政治家17人に、歴史の証言者の視点から、有力とされる岸田文雄・前政調会長、河野太郎・規制改革相、高市早苗・前総務相の総裁候補3人の中で誰が最も総理・総裁にふさわしいかを誌上で“期日前投票”してもらい、その理由を聞いた。 1位となったのは河野氏で、17人中6人が支持した。続く2位は岸田氏で、票を投じたのは5人。その理由に「誠実さ」を挙げるのは深谷隆司・元通産相だ。「混乱期には経験を積み、人格が落ち着いた人、誠実な人が総理・総裁にふさわしい。岸田さんが外務大臣時代に私の事務所を訪問していただく約束があった。しかしその日、米国大統領選でトランプ氏の当選が確定。“日程はキャンセルだろうな”と思っていたら、岸田さんは約束の時間に来てくれた。この誠実さは評価すべきです」 舛添要一・前東京都知事(元厚労相)は、「消去法で岸田を選ぶ」と言う。「これまでの安倍-菅政権はコロナ対策にうまく対処できなかった。デフレ克服もアベノミクスには限界が見えている。だからこそ、今回の総裁選では別のアプローチを取る政権への交代が必要だが、河野太郎は尖りすぎ、高市早苗は外交、安保、天皇制など右に振れすぎている。政策的には石破茂が一番だと思うが、党内の調和が保てるのか不安がある。だから岸田。『新自由主義からの転換』を掲げる岸田が総理・総裁になれば自民党内で“疑似政権交代”のような雰囲気を出せる」 小泉内閣の郵政民営化に反対して自民党を離党した自見庄三郎・元郵政相も同意見だ。「岸田氏は公約で『小泉政権以来の新自由主義的な政策を転換する』と言った。それを評価する。岸田氏本人の総裁としての資質はたいしたことはないと思うが、その政策はぜひ進めてほしい」※週刊ポスト2021年10月1日号
2021.09.19 11:00
週刊ポスト
「独裁者」考 独身貫いたヒトラーと愛人が何人もいたムッソリーニ
「独裁者」考 独身貫いたヒトラーと愛人が何人もいたムッソリーニ
 世界を「不安」や「恐怖」で包んだコロナ禍は、一部で独裁的な政治権力の台頭を許した。自由な民主主義が脅かされるいまこそ、「20世紀の独裁」をあらゆる面から検証する必要があるはずだ。例えば「20世紀の独裁」の代表例、ドイツのヒトラーとイタリアのムッソリーニ。英雄色を好むというが、2人の女性への接し方は極めて対照的だった。『ムッソリーニの正体 ヒトラーが師と仰いだ男』を上梓したばかりの国際政治学者・舛添要一氏は、その著書でこう指摘する。〈ヒトラーは婦人票を失わないために独身を通し、エヴァ・ブラウン以外には愛した女性はほとんど知られていません。その彼女にしても、親しい仲であることは公には伏せられており、死の直前になって初めて結婚式を挙げています。 一方、ムッソリーニのほうは、何百人もの女性と関係を持ち、結婚していながら数人の愛人を持ち、しかも、それはイタリア国民の多くが知っていました。しかし、それでドゥーチェ(イタリア語で国家指導者、統帥)の人気が下がることはありませんでした〉(舛添要一『ムッソリーニの正体』) 独身を貫いたヒトラーとはまるで違う、奔放な女性関係。ムッソリーニとは一体どんな人物だったのだろうか。 ムッソリーニの父・アレッサンドロの職業は鍛冶屋で、社会主義に傾倒した無神論者であったという。一方、母・ローザは敬虔なカトリック教徒で小学校の先生。ムッソリーニは大酒飲みの父親に似た性格だったが、小学校から成績は良く、寄宿学校などを経て師範学校へと進み、トップの成績で卒業。小学校教諭の資格を得る。 生まれ故郷のドヴィアにある小学校では、母親の代わりに教壇に立つこともあった。そのときの生徒の一人が、後に妻となるラケーレ・グイーディである。その後、正式に小学校教諭の職を得、故郷を離れたが、それからは色恋沙汰が絶えなかったという。〈1902年2月に、ドヴィアから150km離れたグアルティエーリ市の小学校に採用されます。この町は、イタリアで初めて社会主義者が市政を握った自治体で、これは社会主義者であった父親のコネによるものだと思われます。 しかし、酒と女に溺れ、人妻との恋愛沙汰が町中に知られ、6月に学年が終了すると、7月9日、スイスに向かって旅立ってしまいます。もうすぐ19歳になる頃で、21歳までの2年半にわたって、ムッソリーニはスイスで過ごすことになります〉(同前) 出国した理由には「徴兵逃れ」もあったというが、1904年にイタリアに帰国後、ムッソリーニは1年8か月の兵役に就いた。この間に、母ローザを亡くしている。〈兵役を終えたムッソリーニは、1906年11月、トルメッツォの小学校の先生になります。しかし、今回もまた女性関係、とりわけ人妻との情事が問題となり、1年でこの小学校を辞めることになります〉(同前) やがてムッソリーニは教職からジャーナリストへと本格的に道を変え、イタリア社会党に参加。政治運動に傾倒していく。第一次世界大戦(1914-1918)では狙撃兵として参戦、その任務期間中の1915年12月に前出のラケーレと結婚したが、その結婚にも“事情”があった。〈ミラノの『アヴァンティ!』(社会党機関紙)編集長時代の愛人、イーダ・イレーネ・ダルセルが自分が本当の妻だと口外し始めたため、急遽ラケーレとの婚姻届を役所に正式に提出したのです〉(同前) 第一次世界大戦を兵士として経験したムッソリーニは、急進的な社会主義者から変貌を見せる。1919年、復員軍人らとともに「ファシズム運動」の旗揚げに参加し、政治家の道を邁進した。ファシズム運動はやがてイタリア全土を席巻。第二次世界大戦(1939-1945)にかけ、ムッソリーニはイタリアの「独裁者」として君臨した。なぜ、ヒトラーのドイツと異なり、女性関係が派手な政治指導者が、イタリア国民の熱狂的な支持を得ることができたのか。〈その背景には、ドイツ人とイタリア人の国民性や風土の違いもあります。ムッソリーニの妻、ラケーレによれば、「ムッソリーニの女あさりの程度は、女性に愛想よい普通のイタリア人とほぼ同程度だった」というのです。ドイツでは、このような女性遍歴は「普通」ではなかったと思います。 しかし、日本では、ムッソリーニとヒトラーは独裁者として同列に扱われ、ファシズムもナチズムも区別されずに使われています。ファシズムと言えば、多くの日本人の頭に浮かぶのはヒトラーであって、ムッソリーニではありません。ナチズムは、ファシズムという全体集合の中の部分集合といった位置づけにもかかわらず、そうなのです〉(同前) ヒトラーのナチズムを理解するには、ヒトラーが師と仰いだムッソリーニの思想と生涯を知る必要がある。*『ムッソリーニの正体 ヒトラーが師と仰いだ男』(小学館新書)を一部抜粋、再構成【プロフィール】ますぞえ・よういち/1948年、福岡県北九州市生まれ。1971 年東京大学法学部政治学科卒業。パリ(フランス)、ジュネーブ(スイス)、ミュンヘン(ドイツ)でヨーロッパ外交史を研究。東京大学教養学部政治学助教授などを経て、政界へ。 2001年参議院議員(自民党)に初当選後、厚生労働大臣(安倍内閣、福田内閣、麻生内閣)、東京都知事を歴任。著書に『都知事失格』、『ヒトラーの正体』など。 
2021.08.02 07:00
NEWSポストセブン
会談中のムッソリーニとヒトラー(Getty Images)
ヒトラーは「敬礼」から「演説スタイル」までムッソリーニをパクった
 コロナ禍や経済格差で世界が不安、恐怖に覆われるなか、再び独裁的な指導者の力が増している。自由な民主主義が脅かされているいまこそ、「20世紀の独裁」をとらえ直し、その功罪を見極める必要があるのではないか。「20世紀の独裁」の典型と言えるのが、ドイツのヒトラーとイタリアのムッソリーニである。この2人はしばしば「ファシスト」として一括りに非難されるが、その実像はどうなのか。 国際政治学者・舛添要一氏は、最新刊『ムッソリーニの正体 ヒトラーが師と仰いだ男』で、ムッソリーニとヒトラーの共通項をこう指摘する。〈19世紀から20世紀へ時代が転換し、第一次世界大戦という列強間の覇権争いに、ムッソ リーニもヒトラーも兵士として参加しました。ムッソリーニ流に言えば、「戦士」です。イタリアは戦勝国、ドイツは敗戦国として戦争を終えますが、戦争への関わり方、戦後処理への怒りなどが、2人のその後の政治家としての歩みを決めるのです。 まさに、彼らは「戦争の産物」であり、ヒトラーは後に、「我々は戦争によって生み出された。我々の世界観は戦争を背景として成り立っている」と述べています〉(舛添要一『ムッソリーニの正体』) ヒトラーより6歳年上、1883年生まれのムッソリーニは、1919年3月にファシズム運動を旗揚げし、1921年5月に国会議員となる。翌1922年10月、「ファシストによるクーデター」とも言えるローマ進軍をきっかけに権力を掌握した。〈ムッソリーニがローマ進軍を敢行したとき、ヒトラーは1920年に結成されたナチ党の党首になったばかりで、ミュンヘンで活動していました。バイエルンというドイツの一地方で動き始めたばかりの小政党など、ムッソリーニは知る由もありません。 ところが、ヒトラーのほうは、ローマ進軍で首相になったムッソリーニをお手本として仰ぎ見るようになります。ムッソリーニはヒトラーにとっての師であり、ローマ進軍がなければ、ミュンヘン一揆も『わが闘争』もなかったかもしれません。 ヒトラーは、ムッソリーニが1925年に公務員に対して義務化したローマ式敬礼も真似をしますし、「フューラー」という呼称も「ドゥーチェ」をドイツ語に訳したものです。ヒトラーは、ミュンヘンの自分の執務室に、尊敬するムッソリーニの半身像を置いていたそうです〉(同前) しかし、ムッソリーニのほうはヒトラーに好意を持っておらず、独首相に就任したヒトラーの会談の申し込みを断り続けたという。2人の初の会談は1934年6月、ヴェネツィアで実現した。〈ヒトラーは、尊敬するファシズムの創始者に会えて感極まったようです。しかし、ムッソリーニは、ヒトラーが気に入らず、「彼は狂っている」と感想を述べています。 首脳会談で、ヒトラーはオーストリア・ドルフス政権への不満を述べ、オーストリア・ナチ党の政権参加を主張します。ムッソリーニは、ナチスによるユダヤ人や教会への迫害を非難します。会見の後、ムッソリーニは、ヒトラーをますます嫌うようになったのです。 ヒトラーがヴェネツィア滞在中に、ムッソリーニは、サンマルコ広場の群衆に大演説を行いますが、ヒトラーは、その演説に大群衆が熱狂する様子をつぶさに観察します。そして、この演説スタイルでもムッソリーニの真似をすることを決めます。自分が師と仰ぐムッソリーニをますます尊敬するようになるのです〉(同前) ヒトラーを魅了したムッソリーニの演説スタイルとはどんなものだったのか。〈ムッソリーニは、歌舞伎役者も顔負けするくらいの誇張、見栄、仕草で大衆を沸かせたのです。唇を真横に結び、腰に手を当てた役者ぶりです。ヒトラーは、ヴェネツィアのサンマルコ広場を埋め尽くした大衆に演説するムッソリーニを見て感激し、「あたかも教皇を前にしているかのように、群衆は彼の前に謙虚な態度で立っていた。そして彼はカエサルのような態度をとっていた」と称賛しています。 そして、ムッソリーニの雄弁術を真似て、自分も同様の手法を用いるのです。ヒトラーは、俳優まで雇って、演説の振り付けをしています。 ムッソリーニは、エチオピア戦争の勝利のときなどに、何十万人という大衆を前に喜び の大演説をするのですが、宮殿のバルコニーを利用します。国会議員になって僅か1年半で首相になったので、街頭演説によって、大衆を引きつけ、それを票に結びつけて、議席を増やすという必要性はさほど高くありませんでした〉(同前)〈これに対して、ミュンヘン一揆の失敗から、政権獲得まで10年もかかったヒトラーは、その間、選挙でナチスの勢力を拡大するしか手はありません。そこで、街頭に出て演説によって大衆を扇動したのです。稀代のデマゴーグですが、党勢拡大という必要性に迫られていただけに、演説の、つまり場所、時間、対象、内容などを細かく計算し尽くしました。 たとえば、大衆を扇動するには、朝よりも夜のほうが良いことを学習しました。そこで、 ヒトラーは、出勤時ではなく、一日の仕事を終えて疲れ切って帰路を急ぐ労働者にむかっ て演説を行い、彼らの不満を利用して支持を広げていったのです。大衆を動かす演説とい う点では、ヒトラーはムッソリーニを超えたと思います。まさに、「出藍の誉れ」です。 制服や党旗、党歌などのシンボルについても、ナチスはファシストから多くのものを学んでいます。ムッソリーニとヒトラーの展開したプロパガンダやスローガンはよく似ています〉(同前) ムッソリーニなくして、ヒトラーが出現することはなかった。両者の共通点と違いを理解することは、歴史の悲劇を繰り返さないために絶対必要なことだ。*『ムッソリーニの正体 ヒトラーが師と仰いだ男』(小学館新書)を一部抜粋、再構成【プロフィール】ますぞえ・よういち/1948年、福岡県北九州市生まれ。1971 年東京大学法学部政治学科卒業。パリ(フランス)、ジュネーブ(スイス)、ミュンヘン(ドイツ)でヨーロッパ外交史を研究。東京大学教養学部政治学助教授などを経て、政界へ。 2001年参議院議員(自民党)に初当選後、厚生労働大臣(安倍内閣、福田内閣、麻生内閣)、東京都知事を歴任。著書に『都知事失格』、『ヒトラーの正体』など。
2021.07.29 07:00
NEWSポストセブン
自民党OBに総裁選の行方を聞いた(写真は舛添要一氏)
舛添要一氏「五輪中止唱えるのがタブーな状況を作ったのは安倍さん」
 五輪開幕まで2か月を切り、菅義偉・首相の苦渋の表情が目に付く一方で、存在感を示しているのが安倍晋三・前首相だ。月刊誌『Hanada』7月号のインタビューで、ポスト菅について“子飼い”とも言える4人の名前を挙げ、政権への影響力を誇示した。 しかし安倍氏は、「桜を見る会」の検察捜査こそ乗り切ったものの、東京五輪の1年延期、選挙買収事件の河井克行・案里夫妻に対する1億5000万円提供疑惑など、問題は山積。森友問題に端を発した赤木ファイル問題は安倍氏が原因をつくった。菅首相が迷走を続けているのは、そうした安倍政権の「負の遺産」に足を取られて身動きできないという面が大きい。 そもそも五輪の開催が危ぶまれている原因は、安倍氏にある。安倍氏は昨年3月24日、国際オリンピック委員会のバッハ会長に「1年延期」を伝える直前、組織委員会会長だった森喜朗・元首相と首相官邸で会談した。森氏が朝日新聞(昨年4月2日付)でこんなやりとりを明かしている。森氏「2年に(延期)しておいた方がいいのではないですか」安倍氏「ワクチンの開発はできる。日本の技術は落ちていない。大丈夫」“オレの任期中に五輪をやる。次の総理の晴れ舞台にはさせない”──という安倍氏の思いが透けて見えるやり取りだが、安倍氏はその半年後に退陣し、国産ワクチンも、国産治療薬も未だできていない。菅首相は前任者の「延期は1年まで」に縛られることになった。 さらに安倍氏は菅続投支持を表明したBS番組で五輪について「オールジャパンで対応すれば何とか開催できる」と“五輪開催が支持の条件”であることを匂わせ、菅首相に“予定通りやれ”と念押しした。五輪準備に携わってきた舛添要一・前東京都知事が指摘する。「安倍さんは1年延期を決めるにあたって『完全な形で実施する』と言った。現実は海外からの訪日客は入れないし、国内の入場者も減らすことが検討されている。完全な形で開催できないのだから、菅さんはそれを理由に五輪を中止するのが正当な判断だと思う。 私は昨年まで、ワクチン接種がうまくいけば是非五輪を開催してほしいと思っていましたが、今のこの状況では開催を強行すべきではない。しかし、五輪中止を唱えることがタブーとする状況を安倍さんがつくってしまった。このコロナ禍で開催を強行するならその一番の責任は安倍さんにあります」 誰かが決断しなければ──その日は着実に近付いているのだ。※週刊ポスト2021年6月11日号
2021.06.01 07:00
週刊ポスト
舛添要一がバッサリ「#吉村知事はテレビ出ないで仕事しろ」
舛添要一がバッサリ「#吉村知事はテレビ出ないで仕事しろ」
 ちょうど1年前、大阪の吉村洋文・知事は「コロナのスター」だった。連日、記者会見を開き、政府に先駆けて対策に奔走した。その孤軍奮闘ぶりに「#吉村寝ろ」がトレンドワードになり、「吉村総理待望論」まで持ち上がった。あれから1年、その名声は地に墜ちたと言っていい。大阪では一定の人気を保っているが、全国的に見れば、首都圏に先行して緊急事態宣言を解除したことで変異株蔓延の震源地になり、その変異株が全国に広がってしまったことで第4波を加速させた。 吉村氏の言動は徹頭徹尾、テレビ的だ。視聴者が喜ぶ政府批判や目新しい施策を次々と発表することで府民の支持を集めてきた。しかし、府庁内では部下の言うことを聞かない、独断専行という批判の声が多く、発言にも政策的、科学的な裏付けが乏しい。「イソジンでうがいするとコロナが死ぬ」とか、「大阪ワクチンを秋には作る」など、いま振り返れば「?」しか付かない珍説を繰り出し、それが批判されるとその後は沈黙して、イソジンも大阪ワクチンも、その後どうなったのか何も語っていない。発言の責任を取るのが政治家の務めだが、「タレント」の吉村氏は「その場でウケること」が優先されているように見える。 結果的にコロナ第4波を招いた吉村氏の功罪について『週刊ポスト』(4月16日発売号)が詳しく検証しているが、そこにも登場した元東京都知事で元厚労相の舛添要一氏に、改めて吉村流政治の問題点を聞いた。 * * * 一言で言うと、吉村さんはテレビに出すぎです。私は厚労大臣だった時、絶対に特定の民放番組には出ませんでした。その番組を見てる人にしか伝わらないし、他局はわざわざ映像を借りたりはしないから、そこでの発言は必要な人にきちんと伝わりません。やるべきは記者会見です。私は何かあれば夜中でも記者を集めて会見するようにしていましたから、全局が報じて多くの国民に伝わりました。 これは大阪のワイドショーの体質にも問題があると思います。東京だと、一部の政治評論家みたいな「菅べったり」のコメンテーターもいますが、それはごく一部で、特に番組MCは特定の政治家や政党を持ち上げるような発言は控えます。これが大阪は違う。大阪維新の会は、橋下徹さんの時代から辛坊治郎さんとか宮根誠司さんなんかが露骨にヨイショしてきて、そのノリがずっと続いています。 いまは平時ではなく有事です。知事がお気に入りの民放番組をハシゴしている場合ではないでしょう。しかも、それで吉村さんの人気が出ると、国政の政治家もみんな真似し始めて、加藤勝信・官房長官や田村憲久・厚生大臣らが同じようにテレビに出まくる。総理大臣までが特定の民放番組でインタビューに応じています。 好ましくはないけど、平時ならば知事がおちゃらけてバラエティー番組やワイドショーに出ても有害ではありませんが、戦時中にそんなことをすれば危機管理が問われます。東シナ海で軍事衝突が起きているさなかに、統合幕僚長がワイドショーに出ていたら国民はどう思いますか? そんな暇があったらちゃんと戦えと思うでしょう。政治家だって同じだし、コロナは戦争ですよ。 政治に対するテレビの影響力が強くなりすぎましたね。政治家はテレビに出て人気を稼ぎたい、テレビのほうも視聴率が取れるから人気の政治家を出演させたい。だけど、それで稼いでいたらテレビは政治家の批判はできなくなります。これは大阪だけの問題とは思いませんが、メディアの機能を放棄しているテレビ局が大阪の悲劇を招いた面もあります。もちろん、それに踊らされる有権者も反省しなければなりません。 人気取りのために緊急事態宣言をいち早く解除してこうなってしまったのだから、まずはその間違いを認めて、ヨーロッパのように徹底したロックダウンをする段階に来ていると思います。それでもヨーロッパで不満が出ないのは、しっかりとした補償をしているからです。大阪も東京も、ここは借金してでも同じようにしてコロナを抑え込まなければならない。テレビでウケるかではなく、本当に実効性のある政策を考えてもらいたい。 皮肉なことですが、大阪の危機で、ようやくポピュリズム政治、テレビ政治の問題点が国民にも見えてきたのではないでしょうか。
2021.04.19 07:00
NEWSポストセブン
自民党OBに総裁選の行方を聞いた(写真は舛添要一氏)
服を買わなくなった舛添要一氏 政治家時代のYシャツは作業着として活用
 年を重ねれば、それだけ抱えるものも増えてくる。人生の中で得た資産も、思い出の品も、これまで築いた人間関係も、手放すとなると躊躇してしまう。“手ぶら人生”を実践した著名人が、その体験を明かした。“商売道具”を整理した著名人がいる。元参院議員の筆坂秀世氏(73)はこう明かす。「コロナのリスクがあって人混みが嫌だから、私は“東京”を捨てました。テレビ出演や講演などいろいろ仕事の話はあったけれど、すべて断わった。それでこの際ならと、スーツやワイシャツ、革靴も捨てたんだ。もう使わないからと捨ててみたら、気が楽になったよ。 私は議員年金の年数を満たしてないからもらってないけど、何の欲もないから、通常の年金生活で十分。今じゃ、スニーカーを履いて女房と近所を散歩するのが楽しみ。(住んでいる)埼玉は自然が多くて季節の花や小鳥とか見ると和む。可愛くて、癒やされるよ。東京の喧騒にいたら気づかなかったことに今は目がいくようになったね」 5年前に都知事を辞した舛添要一氏(72)も、「衣類」の整理を始めている。「大臣や都知事をしている時は、公に出る仕事なので服装には気を配り、毎年、スーツは冬物と夏物を1着ずつくらい買っていました。スーツは襟の幅などの流行りがありますからね。都知事の時は、五輪関連で海外からのお客さんをもてなす機会も多かったので、“都知事は時代遅れの服を着てる”と思われたら、東京のイメージが悪くなると考えていました。 そういった昔着ていたスーツやシャツは何十着もありますが、無理にまとめて捨てたりはしていません。大事なのは新たに買い足さないこと。趣味の農作業や大掃除の時に、作業着として着古したワイシャツやカラーシャツを利用しています。そうして汚れたりボロボロになったらポンと捨てる。そうやって整理しています」 都知事を辞めてからは、外出することが減り、スーツを着る機会も少なくなったという。「ちょっと外に出る時は、昔から持っているジャンパーなんかを羽織ればいい。たまにビシッとした格好をする必要がある時は、家に残っている昔のスーツやシャツでコーディネートすれば十分です。高齢になれば体型も大きく変わりませんしね。おかげでこの5年間、衣類の出費はほぼゼロです」(舛添氏) 作家の江上剛氏(67)は「名刺」の9割を捨てたと言う。「49歳の時に銀行を辞めて物書きになりましたが、過去を引きずっていたら新しいスタートができないと思い、まずは大量に溜まっていた名刺をバサッと捨てました。“江上剛”というペンネームの新しい人生に、素のままで付き合ってくれる人の名刺だけを残しました。 銀行マン時代には600枚ほど出していた年賀状の習慣も60歳手前でやめました。今はもう自分からは出さず、相手から来るだけ。お返しの年賀状も一切出していません」 組織や会社を離れたら、視点を変える必要があると江上氏は言う。「それまでの“仕事で役に立つか”という視点を捨てて、“人生を豊かにしてくれるか”という視点を持つ。リタイヤ後は過去のことから離れたほうが楽しい。私自身、会社人としての付き合いを一切しなくなると、余計なしがらみがなくなり、身軽になりました」※週刊ポスト2021年4月9日号
2021.04.02 07:00
週刊ポスト
まだまだ「元気なおじさん」として活躍する(時事)
舛添要一流の終活「権力に寄ってくる輩とは付き合わない」
 国際政治学者で、厚生労働大臣や東京都知事を歴任した舛添要一氏(72)は、歯に衣着せぬ直言で知られるが、それだけに激しい批判にされされることも多くあった。バッシングを受けてもブレない姿勢は今も健在だが、政治の一線から距離を置いてからは人生の断捨離も意識しているという。『週刊ポスト』(3月29日発売号)では、舛添氏を含めて9人の著名人が、それぞれの終活を語っている。舛添氏はそこで、こだわりを持って買いそろえてきたファッションアイテムの断捨離について語っているが、同時に進めているのが人間関係の整理だという。本誌には収録されなかったインタビューを改めて紹介する。 * * * 高齢になったら、ある程度、人付き合いの輪を狭めていくことも大事だと思います。私の場合は、5年前に都知事を辞任してから自然と人間関係が希薄になっていったのですが、それも良かったと思っています。 政治家をしていた頃は冠婚葬祭の付き合いが大変で、本当に多くの葬式や結婚式に出席しました。実際に関係の深い相手だったらいいのですが、形式だけの付き合いで出席するケースも多くありました。そういう場で、「民主党の先生は来てくれたのに、自民党の先生は来なかった」なんてことになったら、次の選挙に影響するかもしれませんからね。 はっきり言って、権力を持っていた時期にはいろんな人が寄ってきました。「俺の娘の結婚式には大臣が出席した」みたいなことを言いたい気持ちもわかるのですが、そういう目的で近づいてきた人たちの多くは、私が権力を失ったとたんに去っていき、見向きもしなくなりました。そういうときにこそ人間性は見えてきますよね。結局は私を利用したいだけだったんだな、と感じることも多くありました。政治家を辞めてからは、もう上っ面の付き合いはしたくないので、その意味では自然に離れてくれて、こちらも楽になりました。 もちろん、こちらが弱り切っている時期に助けてくれる人もいました。私のスキャンダルでは、たしかに経理上の間違いはあったものの、検察が捜査した結果、起訴されることもなかった。それでも世間からは極悪人のようにバッシングを受けたわけですが、そんなときに、「本当のことはわかっているから大丈夫だよ」と声をかけてくれる人もいました。そういう人とは今でも付き合いがありますし、その関係は大事にしたいと思っています。 これは一般社会にも当てはまることで、会社や組織でそれなりの地位にあった人は、引退したとたんに周囲の人たちがパッと離れていくことがあると思いますが、去る者は追わずでいいと思います。むしろ人間関係が整理されるチャンスだと思えばいいでしょう。 仕事上の付き合いがなくなっても、今度は趣味などを通して気の合う仲間を見つければいい。私の場合、たまに夕方に公園を散歩するのですが、そこで同年配の知り合いが増えました。世間話をしたり、「あの店のコーヒーが美味い」といった情報交換をしたりするのですが、利害関係もないので、とても気楽な関係です。 高齢になってリタイアしたら、もう無理して人と付き合う必要はないし、自分の好きなように生きるほうがいい。気の合う人とだけ付き合えばいいのです。
2021.03.30 07:00
NEWSポストセブン
レジ袋有料化の賛否 「削減できるゴミは微々たるもの」と舛添要一氏
レジ袋有料化の賛否 「削減できるゴミは微々たるもの」と舛添要一氏
 環境への意識の高まりは世界的な動きだが、2020年7月から始まった「レジ袋の有料化」をめぐっては議論百出の事態となっている。【写真】帝京科学大学生命環境学部教授の仲山英之氏 賛否両論ある中で、帝京科学大学生命環境学部教授の仲山英之氏は、レジ袋有料化は「効果がある」という立場だ。その理由をこう述べる。「環境省の発表によると、小売店でレジ袋を辞退する人は、有料化前の3割から7割に増えています。 もちろん、レジ袋の削減がプラスチックごみによる海洋汚染の解決に直結するわけではありませんが、重要なのはこれが『使い捨て文化』脱却の第一歩になり得るということです。 これまでの習慣を大きく転換させるには、社会全体の気運が必要です。多くの人がまずプラスチックごみに関心を持ち、削減へと行動を起こしていくことが重要で、レジ袋有料化はそれを促す『きっかけ』なんです。レジ袋を入り口にして、最終的にプラスチックごみの出ない世界にすることが理想です」 一方で、「効果がない」という意見もある。元厚生労働大臣で前東京都知事の舛添要一氏は、慎重な見方を崩さない。「全プラスチックごみの中で、レジ袋の占める割合はわずか2~3%です。たとえレジ袋が全部なくなっても、削減できるゴミの量は微々たるもの。レジ袋有料化は、『環境を大切にしよう』と叫ぶだけの効果の薄い『精神論』みたいなものです。 我が家ではレジ袋をそのまま捨てず、台所の生ゴミを入れるゴミ袋として再利用してきた。そういう家庭は多いでしょう。でも有料化でレジ袋が貰えなくなって、結局我が家では数十枚入りの大きなゴミ袋を買ってくるわけです。最終的に家のゴミ袋の枚数は減っていないし、それが清掃工場で焼かれて同量のプラスチックゴミを出す。これでは何の意味もありません」 はたしてレジ袋有料化に効果があるのか、ないのか──。※週刊ポスト2020年1月15・22日号
2021.01.10 16:00
マネーポストWEB
有料化で減るプラごみはごくわずか(Avalon/時事通信フォト)
舛添要一「レジ袋有料化は感染拡大、万引き拡大を招くだけ」
 2020年にレジ袋が有料化され、世間ではエコバッグが大ブーム。主婦を含めて女性たちは、自分好みのお洒落なエコバッグをファッションの一部として楽しんでいる。もともとプラスチックごみの減量を目的とした政策だが、レジ袋はプラごみの2~3%にすぎず、あまり効果は高くないと当初から批判もあった。一方で、有料化によってプラごみ問題への関心が高まるという啓蒙効果を重視する意見もあり、いまだ論争は続いている。『週刊ポスト』(2021年1月4日発売号)では、その両論について、厚生労働大臣を務めた国際政治学者の舛添要一氏が反対論、帝京科学大学生命環境学部教授の仲山英之氏が賛成論を展開している。どちらも傾聴に値する金言だが、その論争はひとまず本誌に任せるとして、ここでは舛添氏が、同特集で論じなかった「有料化の弊害」を改めて指摘する。 * * * レジ袋を減らしたところでプラスチックごみの減量化につながらないことは週刊ポストで論じた通りですが、有料化はそれ以外にも問題があります。 有料化によって普及したマイバッグ(エコバッグ)は、コロナの感染拡大につながる恐れがあります。スーパーで買い物する人のなかには無症状の感染者もいます。その人が商品を手に取ればウイルスが付着する可能性がある。レジ袋に商品を入れれば、袋にもウイルスは付くでしょう。これまでなら、たとえそういうことが起きても、次回以降の買い物に同じレジ袋を持ってくる人はいませんから、あまり問題にならなかったけれど、これがマイバッグになると話は別です。ウイルスが付着したままのマイバッグを持って買い物に行ったら、手にもウイルスが付くし、そこから商品にも移る。そうしてマイバッグがウイルスの拡散道具になり、店内にウイルスをばら撒くことになってしまいます。 今ではどこのスーパーでも入口に消毒液を置いて、客は手を消毒してから入店しますが、マイバッグまで消毒する人はまずいません。また、マイバッグを毎日洗っている人もいないでしょう。それに、いちいちレジで「レジ袋をおつけしますか?」と聞かなきゃならないから、マスクをしているとはいえ、その分だけ飛沫は飛んで感染リスクも高くなる。 だから欧米では、マイバッグは危険だからと、レジ袋の有料化を一時的にストップしたところもあるのです。日本政府は、環境対策するのが流行だからと計画通りに有料化を実施し、コロナの流行は気にかけていなかった。いったん決めたら動かない日本の役所の欠点が出ている「天下の愚策」だと思います。小泉進次郎・環境相が言っていることも中身がない。もうちょっと自分の頭で考えてもらいたいと思いますね。せめていったん政策を停止すべきです。 それから、マイバッグが普及したことで万引きの件数が相当増えているようです。バッグを持って買い物をするから、パッと商品を入れやすいわけです。店舗側も非常に困っているそうです。店としては、1枚3~5円の有料化による利益より、増加した万引きの被害のほうが大きいのです。 マイバッグを持つ人が増えたとか、レジ袋の消費量が減ったといった、有料化のメリットばかりがアピールされていますが、本来なら、それによって「どれだけプラスチックごみが減ったのか」とか、「スーパーでコロナ感染した人数」とか、「万引き件数の増加」などのデータもきっちり出して、この政策が良いのか悪いのか国民的な議論をすべきなのです。
2021.01.03 16:00
NEWSポストセブン
菅義偉首相(Reuters/AFLO)
舛添要一氏「菅さんは団塊世代の不安解消策を早く示すべき」
 第99代総理大臣に就任した菅義偉氏は昭和23年(1948年)12月6日生まれの「団塊の世代」だ。第二次大戦直後の昭和22年(1947年)から昭和24年(1949年)に生まれた「団塊の世代」は、戦後の経済成長を支えてきた存在だが、政治の世界では決して目立っていたわけではない。「カラーが見えない」「大きなビジョンがない」などと指摘されることも多い菅総理は日本をどこに導くのか──。「とにかく菅さんは団塊世代の不安を解消するビジョンを早く示すべきでしょう」 菅氏と同じ年で前東京都知事の舛添要一氏(元参議院議員)はこう指摘する。2025年には団塊の世代がすべて後期高齢者になる。医療や介護は今まで以上に重要となるが、取り巻く環境は芳しくない。 まずは安倍政権が積み残した高齢者の医療負担の問題。後期高齢者の医療費の自己負担割合は現状では原則1割だが、一定の所得以上の人は2割に引き上げる案が検討され、この年末までにとりまとめられる予定だ。「加えて、これから団塊の世代の介護リスクが高まることを理由に、介護保険料がさらに値上げされる可能性もあります」(舛添氏) 2025年問題に向け、国は医療費抑制のため病床数の削減と在宅医療を推進している。病院から早く追い出されるが、お金がないので在宅でも十分な医療を受けられない「医療難民」が発生しかねない。 菅首相にとって最大の政策テーマは日本の人口のボリュームゾーンとなった同じ世代を“どう切り捨てていくか”にあるのかもしれない。※週刊ポスト2020年11月6・13日号
2020.11.03 07:00
週刊ポスト
47都道府県知事「感染対策」を採点 情報、医療、予防、経済
47都道府県知事「感染対策」を採点 情報、医療、予防、経済
 再び新型コロナウイルスの感染が拡がりつつある中、政府のGo Toキャンペーンに対し、各都道府県知事からは実施時期の見直しを求める声が相次いだ。首長の手腕によって各県の感染状況や補償内容などに大きな違いが生じるため、各知事の存在感は高まる一方だ。「第2波」への警戒が強まる中、より力量が問われる各都道府県知事の感染対策を識者が評価した。独自のPCR検査を実施 全47知事の評価を、行政学(地方自治)の第一人者である中央大学名誉教授の佐々木信夫氏に依頼した。さらに、元厚労相で前都知事の舛添要一氏には、感染者数が多い9都道府県と、感染者数の少なさや知事の独自対策など特筆すべき点がある7県を加えた合計16自治体の首長を評価してもらった。 評価基準としたのは、「情報発信」「医療体制」「予防策」「経済・補償」の4指標だ。これらの各指標の評価を◎、〇、△、×で示した。表については、4指標の個別評価で、◎を4点、〇を3点、△を2点、×を1点とし、合計で12点以上は◎、10点以上12点未満は○、8点以上10点未満は△、8点未満は×として総合評価をつけた。 舛添氏は、PCR検査など「医療体制」の充実が最も重要だと指摘する。「感染症対策の基本は『検査と隔離』ですが、日本ではPCR検査数が圧倒的に少ない。感染拡大初期の2月に、厚労省が『37.5度以上の発熱が4日以上続く』『強いだるさや息苦しさ』などを検査の目安としたことで、各地域で無症状の濃厚接触者にPCR検査を実施しなかったことは大きな問題でした。 その中で、和歌山県の仁坂吉伸知事は2月の時点で、軽症者や無症状の濃厚接触者にもPCR検査を実施しました。現在は無症状の濃厚接触者にも検査するのが標準になっていますが、早い段階から知事が独自に判断していたことは評価が高い。当初から知事自らが記者会見に立ち、県民に適切な情報発信も行なっていたので、総合評価で◎としました」 佐々木氏は、PCR検査数の拡充が「予防策」にも繋がると指摘する。「PCR検査で感染実態を把握することで、適切な予防ができるようになります。鳥取県の平井伸治知事は、4月に日本で初めてドライブスルー型PCR検査を導入したり、感染が拡大した地域からの『コロナ疎開』に対する警告を発するなど、予防策に優れていた。 北海道の鈴木直道知事は、2月末に全国に先駆けて緊急事態宣言を発令し、週末の外出自粛を呼びかけるなど、その取り組みが全国に伝播していきました。予防策と情報発信ともに高く評価しました」 首長による独自の予防策が評価されたケースもあれば、批判を集めた例もあった。「福井県の杉本達治知事は、4月に県内の全世帯に『マスク購入券』を配布し、ドラッグストアで購入できる体制を整えた点は良かった。一方、徳島県の飯泉嘉門(いいずみ・かもん)知事は、県外からの訪問数を把握するために、4月に県外ナンバーの車の訪問実態を調査しました。ところが、調査によって県外ナンバー利用者に対する誹謗中傷などが発生してしまったことは問題でした」(舛添氏)情報発信は正しく、細かく 知事の「情報発信」は住民が正しい情報を知る重要な機会だ。佐々木氏は小池百合子・東京都知事と吉村洋文・大阪府知事の発信力を高く評価する。「吉村府知事は5月に独自の自粛要請・解除基準を定めた『大阪モデル』を発表し、感染状況に合わせて黄色や赤色などに通天閣をライトアップして、警告を“見える化”するなど、高い発信力を発揮しています。 小池都知事は『三密』の言葉を全国に広めて注意喚起したほか、『ロックダウン』の用語を使って緊張感を持たせるなど、キャッチコピーを使ったメッセージ発信に長けていました。今後の東京都の新規感染者数を抑えることが重要ですが、発信力は評価してよいでしょう」 一方、舛添氏の意見は異なった。「7月に入って東京都の1日の新規感染者数が4日連続で200人を超えた際、小池都知事は“PCR検査数が増えたから”と強調していましたが、それならば感染者数と検査数を同日に発表すべきです。本来なら検査数も同日発表できるはずですが、数日後に秘かに発表するだけで報道されない。小池都知事は自らの都合の良い時に、自分の有利になるような情報の出し方をしていると感じます。 感染者数だけでなく、検査数も含めた細かい情報発信が必要です。群馬県の山本一太知事は、自身のホームページやSNSで詳細なデータを発表しているので評価したい」 記者会見などでの“失言”は低評価に繋がった。石川県の谷本正憲知事は、感染拡大を受けて「ドラッグストアは我が世の春みたいなもの」「(石川県は)コロナとご縁がある」などと発言。 兵庫県の井戸敏三知事は7月に「諸悪の根源は東京」と発言し、SNS上では「#兵庫県知事に抗議します」とする批判が殺到した。佐々木氏が指摘する。「正しい情報発信で県民に安心を与えるべき立場のはずなのに、こうした失言で混乱を招いている。自身の言葉の影響力に対する自覚と責任を持つべきです」第二波での知事の役割は? 再び感染拡大の兆候が見られる中、「第二波」の対応で知事に求められることとは何か。舛添氏はこう指摘する。「第二波に向けて第一波から教訓とすべきことは『国が打ち出した予防策と、首長の判断が異なった場合にどう動くか』だと思います。 和歌山県の仁坂知事は、厚労省の目安に従わず無症状でもPCR検査を実施し、感染拡大を予防しました。アメリカでも、感染状況を楽観視していたトランプ大統領と異なり、ニューヨーク州のクオモ知事は厳しい都市封鎖を実施した。その結果、テキサス州やフロリダ州などで感染が再拡大している中、ニューヨーク州は現在、被害の拡大を抑え込んでいます。 第二波で再び感染が拡大し、自粛要請や都市封鎖などが必要になったとしても、第一波の経済補償で多額の給付金を支給したわけですから、同規模の経済補償をもう一度行なう財源がある自治体は少ないはずです。そうした中では、知事は第一波より厳しい判断を迫られることになる。そのための判断材料として、各知事が積極的に専門家の意見を求めたうえで、国が打ち出した予防策とは異なる判断を下す覚悟も必要になってくるでしょう」 政府の感染症対策だけでは心許ない以上、各知事には、住民の命と経済を守る“防波堤”としての判断が求められる。【※医療体制については、厚労省「新型コロナウイルス陽性者数(チャーター便帰国者を除く)とPCR検査実施人数(都道府県別)【1/15~7/10】」、「新型コロナウイルス感染症患者の療養状況、病床数等に関する調査結果(7月8日0時時点)」、総務省「平成27年国勢調査」、情報発信、予防策、経済・補償については、各都道府県のHPなどの公開情報を参照し、佐々木氏が採点した。4指標の個別評価で、◎を4点、〇を3点、△を2点、×を1点とし、合計で12点以上は◎、10点以上12点未満は○、8点以上10点未満は△、8点未満は×として総合評価をつけた。*人口は総務省「平成27年国勢調査」、その他は厚生労働省「各都道府県の検査陽性者の状況(空港検疫、チャーター便案件を除く国内事例)」(令和2年7月13日24時時点)より】※週刊ポスト2020年7月31日・8月7日号
2020.07.20 07:00
週刊ポスト
「第2波」とどう向き合うか(時事通信フォト)
コロナ専門家会議 政治家が果たすべき役割を押しつけられた
 新型コロナウイルスをめぐり、政府の専門家会議や厚労省クラスター対策班が打ち出した予防策や指標に対して、適切な政治判断がとられなかったとの指摘がある。元厚労相で、前東京都知事の舛添要一氏が語る。「本来、専門家会議というのは感染症のプロ集団ですから、経済のことは考えずに感染症対策に全力を注ぐべき。会議に経済の専門家を入れていましたが、経済とのバランスは政治家が判断すべきです。しかし、安倍晋三・首相も専門家会議の提言をそのまま受け入れるだけで、政治家として必要な判断をしなかった。 そうではなく、複数の専門家会議を設置し、それぞれのチームに予測を競わせることが必要です。クラスター対策班の西浦博・北大教授が『接触制限8割』と打ち出せば、別のチームが『3割減でいい』『5割がいい』と対案を出し、全てを情報公開して政治家が判断し、その責任をとるべきでした」 政治家が果たすべき役割まで“押し付けられた”形の専門家会議は、批判的な意見も寄せられたまま、突如廃止となった。政府は新たに「新型コロナウイルス感染症対策分科会」を設置し、6日に初会合を開いたが、肝心の政治家の判断力が変わらなければ、第2波の襲来に対して心許ない。※週刊ポスト2020年7月24日号
2020.07.14 07:00
週刊ポスト
支持と批判が相半ばする存在だった(時事通信フォト)
鳥越俊太郎氏と舛添要一氏が政治家のコロナ対策アピール批判
 感染症などの有事にこそ、政治家の力量が問われるものだ。しかし、安倍晋三・首相や小池百合子・東京都知事、吉村洋文・大阪府知事については、新型コロナ対策を打ち出すことで「自らの“アピール”に利用した」との指摘もある。元厚労相で、前東京都知事の舛添要一氏が語る。「2月末に鈴木直道・北海道知事が独自に緊急事態宣言を発令して評価されたので、安倍首相も真似しようと思ったのでしょう。そうではなく、PCR検査数の拡充や医療従事者用のマスク、防護服の確保などに力を入れるべきだった」 ジャーナリストの鳥越俊太郎氏も、安倍首相と小池都知事の“アピール”についてこう指摘する。「安倍首相は給付金関連で10兆円以上のおカネをバラ撒きました。経済補償があって“助かった”と思っている人もいるかもしれないけど、元手は全て税金です。バラ撒いたぶんは後に税金を支払うかたちでツケが回ってくる。増税しても足りないぶんは国債を発行して賄っている。緊急事態宣言で経済的に困窮した人が多いタイミングで、自分は懐を痛めずに税金をバラ撒いていい顔をしただけです。 小池都知事も、東京アラートという不明確な基準を打ち出し、レインボーブリッジや都庁のライトアップで、マスコミを注目させることに重きを置いた。都知事選を前にして自分の“選挙活動”に終始したように見えます」 小池都知事は「夜の街」「パチンコ店」など感染リスクの高いスポットを名指ししたが、舛添氏は疑問を投げかける。「『夜の街』という漠然とした対象を批判することで、夜間に営業する飲食店などの全てが悪いかのように一括りにしていますが、それによって従業員や経営者の生活を脅かしています。営業停止命令でなく、自粛要請を出すだけなので、自粛警察をする人も出てきます。 感染リスクが高いと指定するなら、こうした中途半端な指定や情報公開ではなく、歌舞伎町の全店舗の従業員にPCR検査を実施して、全員が陰性の店には証明のステッカーを貼る。そして陽性者が出た店舗だけ2週間休業してもらうほうがいいと思います。お店にとっても、再びいつ自粛要請がくるか分からない状況よりも、証明ができたり期限付きの休業のほうがいい。休業した店舗には無利子の貸し付けを行なうなどすれば、廃業する店舗も減らせるうえに、感染対策としても有効でしょう」 対策の実効性よりも政治家の支持率が優先された──そう見られているようだ。※週刊ポスト2020年7月24日号
2020.07.13 07:00
週刊ポスト

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