国内

鈍牛・大平正芳が半世紀前に見抜いていた日米・日中の新時代

厳しい日米交渉の裏では「アメリカへの感謝」を語っていた(1980年、カーター米大統領と=CNP/時事通信フォト)

厳しい日米交渉の裏では「アメリカへの感謝」を語っていた(1980年、カーター米大統領と=CNP/時事通信フォト)

 昭和の宰相には独特のキャラクターにちなんだ愛称がよく付けられた。吉田茂は「ワンマン」、田中角栄は「今太閤」、そのライバルだった福田赳夫は「黄門」と呼ばれた。そのなかにあって、大平正芳は「鈍牛」。あまり良くないニックネームにも感じるが、政界きっての知性派として知られ、「哲人政治家」とも呼ばれた。発言には常に慎重で、記者会見では「あー、うー」と考え込む姿が記憶に残る。一見すると愚鈍にも見え、しかし口をつく言葉には深い思慮と哲学が込められていたことから、鈍牛の呼び名も尊敬を込めたイジリだった。自らCMに出演したり、モノマネのネタにされたりと、国民からも愛される存在だった。

 大平は1978年に総理大臣となるが、角福戦争の後遺症で自民党内は四十日抗争と呼ばれる内紛に見舞われ、1980年には非主流派の裏切りで内閣不信任案が可決、大平は世に言う「ハプニング解散」に打って出た。そして選挙戦さなかに倒れ、そのまま亡くなってしまった。享年70。後日談になるが、その弔い合戦となった衆参同日選挙は挙党態勢を取り戻した自民党が圧勝し、その後の安定政権期の礎となった。大平が掲げた消費税構想や環太平洋連帯構想は後に実現し、その時代感覚は死してさらに注目されることとなった。

『週刊ポスト』(8月6日発売号)では、昭和の偉人の「最期の言葉」を特集し、そこで大平の孫でメディアプロデューサーの渡邊満子さんが祖父の思い出を語っている。政治の日常でも節目でも、書物に学び、触れて生きた姿が明かされるが、本誌で紹介できなかった「哲人」の先見の明について、改めて渡邊さんの言葉を紹介しよう。

 * * *
 祖父は長いスパンで政治を考える人でした。これは田中均さん(元外務審議官)に聞いたことですが、訪米した際に、ブレアハウス(アメリカ政府の迎賓館)で「若い職員を集めて」と指示すると、「戦後どれだけアメリカの世話になったか忘れないでほしい」と伝えたそうです(※大平は日米貿易摩擦の時代に厳しい交渉の場を経験していた)。

 一方、対中国では1972年の日中国交正常化に携わったわけですが、その交渉から帰国する機内で、「今は日中友好ムードでお祭り騒ぎだが、30年後40年後に中国が経済成長を果たした時には必ず難しい問題が起きるだろうな」とつぶやいたそうです。これは秘書をしていた父(森田一・元運輸相)が聞いた言葉です。

 そんな祖父が大事にしていた言葉のひとつが「永遠の今」です。若い頃から愛読した哲学者、田辺元の考え方で、それを自らの政治信条に当てはめていました。『在素知贅 大平正芳発言集』にこんなことが書かれています。

<戦時中に愛読した田辺元先生の哲学書の中に「時間というものは今しかないのである。過去や未来は現在に働く力であって、時というものには現在しかない」という意味のお言葉があった。近時、「保守の危機」ということがいわれるが、「過去を捨象すると革命になり、未来を捨象すると反動になる」というのが田辺哲学の教えているところだと思う。現在は、未来と過去の緊張したバランスの中にあって、革命であっても困るし、反動であってもいけない。未来と過去が緊張したバランスの中にあるように努めていくのが、「健全な保守」というものではないであろうか。私は保守主義をこのように考えている>

関連キーワード

関連記事

トピックス

どんな役柄でも見事に演じきることで定評がある芳根京子(2020年、映画『記憶屋』のイベント)
《ヘソ出し白Tで颯爽と》女優・芳根京子、乃木坂46のライブをお忍び鑑賞 ファンを虜にした「ライブ中の一幕」
NEWSポストセブン
相川七瀬と次男の凛生君
《芸能界めざす息子への思い》「努力しないなら応援しない」離婚告白の相川七瀬がジュノンボーイ挑戦の次男に明かした「仕事がなかった」冬の時代
NEWSポストセブン
俳優の松田翔太、妻でモデルの秋元梢(右/時事通信フォト)
《松田龍平、翔太兄弟夫婦がタイでバカンス目撃撮》秋元梢が甥っ子を優しく見守り…ファミリーが交流した「初のフォーショット」
NEWSポストセブン
世界が驚嘆した大番狂わせ(写真/AFLO)
ラグビー日本代表「ブライトンの奇跡」から10年 名将エディー・ジョーンズが語る世界を驚かせた偉業と現状「リーチマイケルたちが取り戻した“日本の誇り”を引き継いでいく」
週刊ポスト
佳子さまを撮影した動画がXで話題になっている(時事通信フォト)
《即完売》佳子さま、着用した2750円イヤリングのメーカーが当日の「トータルコーディネート」に感激
NEWSポストセブン
国連大学50周年記念式典に出席された天皇皇后両陛下(2025年9月18日、撮影/JMPA)
《国連大学50周年記念式典》皇后雅子さまが見せられたマスタードイエローの“サステナブルファッション” 沖縄ご訪問や園遊会でお召しの一着をお選びに 
NEWSポストセブン
豪雨被害のため、M-1出場を断念した森智広市長 (左/時事通信フォト、右/読者提供)
《森智広市長 M-1出場断念の舞台裏》「商店街の道の下から水がゴボゴボと…」三重・四日市を襲った記録的豪雨で地下駐車場が水没、高級車ふくむ274台が被害
NEWSポストセブン
「決意のSNS投稿」をした滝川クリステル(時事通信フォト)
滝川クリステル「決意のSNS投稿」に見る“ファーストレディ”への準備 小泉進次郎氏の「誹謗中傷について規制を強化する考え」を後押しする覚悟か
週刊ポスト
アニメではカバオくんなど複数のキャラクターの声を担当する山寺宏一(写真提供/NHK)
【『あんぱん』最終回へ】「声優生活40年のご褒美」山寺宏一が“やなせ先生の恩師役”を演じて感じた、ジャムおじさんとして「新しい顔だよ」と言える喜び
週刊ポスト
林家ペーさんと林家パー子さんの自宅で火災が起きていることがわかった
《部屋はエアコンなしで扇風機が5台》「仏壇のろうそくに火をつけようとして燃え広がった」林家ぺー&パー子夫妻が火災が起きた自宅で“質素な暮らし”
NEWSポストセブン
1年ほど前に、会社役員を務める元夫と離婚していたことを明かした
《ロックシンガー・相川七瀬 年上夫との離婚明かす》個人事務所役員の年上夫との別居生活1年「家族でいるために」昨夏に自ら離婚届を提出
NEWSポストセブン
“高市潰し”を狙っているように思える動きも(時事通信フォト)
《前代未聞の自民党総裁選》公明党や野党も“露骨な介入”「高市早苗総裁では連立は組めない」と“拒否権”をちらつかせる異例の事態に
週刊ポスト