告発文は都さんが書いていないという(「微博」より)
ウソ・大げさ・まぎらわしいを駆使してバズらせる
決戦書の発表から2週間足らずでジェットコースターのような展開となったスーパーアイドル、クリス・ウーの転落劇。このストーリーから浮かび上がるのは、中国芸能界のゴシップニュースの特殊性だ。
中国ではメディアは政府の厳しい管轄下に置かれている。そのため、芸能人をパパラッチして不倫などをすっぱ抜くようなメディアが存在しない。その代わりとなるのがソーシャルメディアでの暴露だが、日々新たな情報が氾濫しているネットの世界では、よほどどぎつい内容でないと埋もれてしまう。
都さんが6月から告発を続けていてもなかなか話題にならなかったことからもよく分かる。重要なのはバズることなのだ。今回火種を作った決戦書には、クリスが未成年の女性も毒牙にかけていたこと、性感染症を移されてうつ状態になった女性もいることなど、多くのどぎつい内容が盛り込まれていた。
実はこの決戦書、都さんが書いたものではないという。6月からの告発を見ていたあるネットライターが、「これを上手く騒ぎにできれば、都さんは人気インフルエンサーになるはず」と算段を付け、告発文の代筆を行ったのだとか。バズる勘所をちゃんと知っているSNSの猛者が、あることも無いことも盛り込んで、見事ネット世論に火につけることに成功したということのようだ。
芸能ゴシップに限らず、メディアが機能しない中国では、ソーシャルメディアが大きな役割を果たすのだが、とにかくウソを混ぜてもいいからバズらせないと効果が出ないため、それを実現するプロが存在する。そのプロを私は「現代の訟師」と呼んでいる。
訟師とは、古い時代の中国において裁判文書を代筆する職業であった。その多くは科挙(官僚試験)に落第した落ちこぼれ知識人だが、勉強で磨きに磨いた文才を駆使し、裁判官を同情させる名文を書いていたのである。「現代の訟師」は読者を裁判官からネットユーザーに変えつつも、同じことをやっていると言ってもいい。
かくして見事にネット世論の怒りに火を着け、ついには中国共産党までも動かざるを得ないところまで到達した今回の事件。もはや中国共産党にとってできることはただ一つ、クリスに重罰を与えて「私たちは正義を守っている」とアピールすることだけだろう。
日本の芸能誌にも時には飛ばし記事があるわけだが、あまりに突拍子もないことを書けば訴訟リスクもあるだけに一定のラインはある。一方、“文春砲”なき中国芸能ゴシップでは、とにかくネットをバズらせたもの勝ちなので、ウソ・大げさ・まぎらわしいをどれだけ扇情的に積み上げられるかが勝負。芸能誌に追われる心配はないとはいえ、より大きな不安があるとも言えそうだ。
【高口康太】
ジャーナリスト。翻訳家。千葉大学人文社会科学研究科(博士課程)単位取得退学。中国の政治、社会、文化など幅広い分野で取材を行う。独自の切り口から中国・新興国を論じるニュースサイト「KINBRICKS NOW」を運営。著書に『現代中国経営者列伝』(星海社新書)など。