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2021.08.14 16:00  NEWSポストセブン

「ホームレスの命はどうでもいい」と嘯く人たちの傲慢さと哀しさについて

2001年、新宿区の戸山公園に作られていたホームレスのテント(時事通信フォト)

2001年、新宿区の戸山公園に作られていたホームレスのテント(時事通信フォト)

 筆者も偉そうなことは言えない。ただ、これまで知り合った彼らホームレスのために誤解を解きたい。「筆者」ではなく「私」として。命の選別を声高に叫ぶ者へのお願いとして。

 ホームレスの方は我が物顔で寝ているわけではありません。長い人生、ときに人は路上で寝るしかないこともあるのです。

 それを見て邪魔だとか、プラスにならないとか思うのは自由です。臭いと感じるのも自由です。心に思うだけなら、自由です。

 それで治安が悪くなるという方もいますが、ホームレスだけのせいではありません。

 ホームレスであるということは犯罪ではありません。犯罪者と同じように処刑する対象でもありません。

 ホームレスの命はどうでもいい、どちらかというといない方がいいと思うのも自由です。だからといって利益にそぐわない人間だからと殺してもいいというのはあんまりです。

 思うのは自由です。だからどうかせめて、そっとしてあげてくれませんか? 街の片隅で構いません、少し休ませてあげてくれませんか? その存在は他人のエンターテインメントでなく、ギリギリの人生を生きている方々のサバイブなのです。それすらホームレスの命はどうでもいいから許せませんか? 多くの関係者が彼らのために努力しています。ホームレスは確実に減っています。ですので、どうか命が存在することだけは認めてあげてください。どうでもいいのですから、そっとしてあげてください。

 もし、それでもホームレスは邪魔、いらない、殺せというのなら、私は以前『小山田圭吾辞任でトラウマ蘇った30代男性の告白「いじめは校内犯罪である」』で引用したハンナ・アーレントの言葉を繰り返すしかありません。

 ── 何人からも、すなわち人類に属する何者からも、君とともにこの地球上に生きたいと願うことは期待し得ないとわれわれは思う。
(ハンナ・アーレント著『イェルサレムのアイヒマン』大久保和郎訳、みすず書房)

 人の思考は自由です。頭の中で何を思っても構いません。深夜のバス停で眠りについていただけの女性や、余生を河川敷で猫と暮らしていただけの男性を、邪魔だしプラスになんないし臭いし治安悪くなるし命はどうでもいいホームレスと思うのは自由です。

 ただ、彼らの生活をおびやかすような挑発や扇動はどうか口にしないでください。危害をくわえないでください。それだけでも構いません。せめて存在を許してあげてください。

 言葉が行動に、そして運命となる前に。

【プロフィール】
日野百草(ひの・ひゃくそう)/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本福祉大学卒業、日本ペンクラブ会員。出版社を経てフリーランス。全国俳誌協会賞、日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞(評論部門)受賞。『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社・共著)、『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)ほか。近著『評伝 赤城さかえ 楸邨、波郷、兜太から愛された魂の俳人』(コールサック社)。

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