最初の依頼は〈出会いの演出〉。実は偶然屋の存在は都市伝説化しているわりに、ショボい案件も少なくない。
某大企業に勤務する依頼人〈二川三郎〉、32歳独身は、銀座で財布を落とした際、それをわざわざ追いかけて渡してくれた同い年の女性〈参宮弐子〉に一目惚れ。実は彼は彼女の個人情報をストーカー同然に得ており、人気アニメ映画〈『君のナワ』〉の特に主人公〈橘タキ〉の大ファンだという彼女と、そうまでして結ばれたいらしい。
出会い方も映画に因み、今やファンの聖地と化した〈双三神社〉の階段で2人がすれ違うシーンを再現。そこまですれば髪や服装をタキに似せた自分に彼女は必ず恋するはずだという。
それには来る2月3日、必ず弐子が双三神社に赴き、必ずその階段を降りるよう誘導する必要があり、〈重要なのはそれらの展開がすべて彼女の意思によること〉。まさに偶然屋の真骨頂だが、数字にやけに拘り、〈人間は無意識のうちに数字の法則に支配されているんです〉と言い切る二川に違和感を覚える里美たちではあった。
標的を陥れやすい疑心暗鬼な社会
「今のワクチン絡みの都市伝説や、陰謀論もそうです。円周率に歴史の真実がとか、冗談みたいなことを本気で信じ込む人は昔からいる。かと思うと、そのバカバカしさを為政者が逆手に取り、支配と搾取の網にいつのまにか人々が搦め捕られたりもするんだろうなあと。
その怖さと面白さを両方描くのがこのシリーズで、誰々が毎日通る道にビー玉を置けばいつかは転ぶとか、いわゆるプロバビリティー犯罪や未必の故意に近いことを、油炭たちは理詰めで企てて実現する。仏もたぶんそう。ただしそれが行き過ぎればジェノサイドのような悲劇すら生みかねず、一見バカバカしいことを大真面目にやる人間がいかに怖いかを、あくまでも僕はエンタメとして描きたかったんです」
そうした日常の事件簿と並走するのが、〈エマ〉という少女の告白だ。赴任先の南米で商社勤務の父と母を殺され、〈ディアブロ〉という男の組織に誘拐された当時10歳の彼女は、組織のアジトで同い年のツインテールの少女と出会う。
が、シカリオとして訓練され、殺さなければ殺される日々の中、別れは訪れ、その過酷すぎる残像を引きずったまま、物語は後半へ。11年7月、北欧・ノルウェーで69名もの若者が犠牲となったウトヤ島銃乱射事件を彷彿とさせる悲劇の渦中に、里美たちもまた呑み込まれていくのだ。