一度でも「バズって」しまったら、もう後戻りできない。ひとたび100のいいねをもらったら、それが基準になり、99以下は「無価値」と感じるようになる。脳科学者で早稲田大学理工学術院教授の枝川義邦さんはいう。
「これを『アンカリング効果』といいます。やがていいねをもらえないことに恐怖心を抱くようになり、四六時中SNS上の反応が気になり始める。ひどければ、なんの通知も来ていないのにスマホが振動したように錯覚する『ファントム振動症候群』に陥るケースもあります」(枝川さん)
工夫を凝らした投稿に見向きもされないのは、いいね依存症の人にとっては死刑宣告と同義。そうして時々満足できる数のいいねがもらえると、おあずけされた分、大量のドーパミンが分泌される。
「そして、その快感を得るために、苦しくても投稿を続けてしまう。まるで、普段は暴力的な人間が時折優しさを見せることで相手を支配しているよう。いわば、DVと同じ構造です」(磯村さん)
このレベルに達すると、もはや生活のためにSNSがあるのではなく、SNSのために生活があるようなものだ。
「承認欲求を満たすため、SNSにお金や時間、エネルギーなど、自分のできることの多くをつぎ込むようになります。当然、ほかのことが疎かになり、友人や家族との関係も犠牲になることさえあり得ます」(枝川さん)
SNSでは、発信すると同時に、世界中の人々の日常も覗くことができる。スターのオフショットや専門家の知識を垣間見ることができ、魅力の1つでもあるが、そのせいで、それまではなかった劣等感を抱く人も少なくない。
「以前は、同じ世代、同じ地域、同じ学校や職場の人だけとの交流が当たり前でした。しかし、いまやSNSを通せば、どんな人ともつながれる。すると、学業でも仕事でも趣味でも容姿でも、必ず自分より優れた人の存在を知ることになり、自分がみすぼらしく感じるのです。特に、自己確立前の子供には、確実に害になる。摂食障害、うつ、自殺などの誘因になります」(磯村さん)
実際に奥村さんのクリニックには、SNSに劣等感を植えつけられた多くの女性がやってくるという。
「ごく一般的な女性が“SNSの友達はみんなかわいくて完璧な生活をしているのに、私だけが不美人で料理が下手だ”と言うんです。そもそもSNSにアップされるのは、加工を重ねて美容整形のごとく美しくつくった『チャンピオンデータ』と呼ばれる写真です。糖質やカロリー制限に余念のない人が、SNSの情報はなんの吟味もせず、すべて信じ込んで脳に入れている。まるで“情報メタボ”です」(奥村さん)
他人の投稿を見て「自分もこうならないといけない」と思い込み、自己評価が著しく下がるケースは少なくない。ネット・ゲーム依存予防回復支援団体代表で臨床心理士の森山沙耶さんはこう話す。
「特に、子育て世代は孤独になりがち。ほかの母親が完璧に家事や育児をこなして、キラキラした料理やインテリア、夫、わが子の写真を載せているのを見て、自分を卑下するようになったり、家事育児に必要以上に力を入れて疲弊することが多い。現実にストレスを抱えていると、SNSが逃避の場所になってしまい、こんなふうに、リアルとバーチャルの価値が逆転するおそれがあります」
※女性セブン2021年10月21日号