結婚の形態が多様化し、自由になったからこそおふたりの選択にさまざまな声が集まった(写真/時事通信社)
生まれて初めて家族と離れ、ニューヨークの恋人のもとに身ひとつで嫁いでいく、前代未聞のプリンセス・秋篠宮眞子さま(29才)の動向を全国民が注目している。
10月26日にご結婚される眞子さまと小室圭さん(30才)。皇籍離脱に伴う1億4000万円の一時金は辞退する方針で、周囲の猛反対にめげずにすべてを投げ捨て、ふたりの純愛を貫く、まさに「駆け落ち婚」。
結婚式の真っ只中に駆けつけた男性が花嫁をさらっていく映画『卒業』や、何もかも捨て、夫となる人のもとに旅立つ女性の心境を明るく歌い上げた歌謡曲『花嫁』など、駆け落ちは、古今東西ロマンチックな物語の格好の題材として取り上げられてきた。しかし、すべてを捨てて愛を成就させた“その後”が語られることはほとんどない。
「あの人さえいれば、もう何もいらない」
その一心で手に手を取って駆けだしたふたりをその後、どのような運命が待っているのだろうか──。
女性の人格的尊厳を無視する貴方に永久の訣別を
《この手紙により私は金力を以て女性の人格的尊厳を無視する貴方に永久の訣別を告げます》
これはちょうど100年前、大阪朝日新聞に掲載された“離縁状”だ。送り主は明治から昭和を生きた美貌の歌人、柳原白蓮。25才年上の筑豊の炭鉱王・伊藤伝右衛門に嫁いでいた人妻の身ながら7才年下の弁護士・宮崎龍介と禁断の恋に落ち、大正10(1921)年に駆け落ちした。その際、伝右衛門にあてたのがこの離縁状だった。
家のために愛のない結婚をし、家に縛られる女性が多かった当時、この檄文は大反響を呼んだが柳原伯爵家の令嬢だった白蓮は華族から除籍された。当時、駆け落ちは命がけで行う女の“自立表明”だったのだ。一世紀が経過したいま、女性と結婚を取り巻く状況は大きく変わっている。女性問題に詳しいジャーナリストの白河桃子さんが指摘する。