逃げる者こそ勇気がある者
東北地方の災害教訓として広く知られる言葉に、「津波てんでんこ」があります。津波が来たら家族は避難しているものとして「てんでんに自分だけでも避難する」という防災鉄則で、実際に東日本大震災の時、てんでんに逃げた結果、登校していた生徒全員が生存したという「釜石の奇跡」が話題になりました。
「津波てんでんこ」は、自分だけが助かればいいという利己主義的な発想とは全く違います。釜石で防災教育を指導した片田敏孝教授は「率先して逃げる者こそ本当に勇気がある者」としています。
朝ドラの脚本は取材を重ねた上で書かれたようですし当然ながら制作陣もこの言葉を知っていたはず。例えば未知が最後まで「自分だけ逃げた」と罪悪感を抱き続けるのではなく、「津波てんでんこ」のような防災文化と地域のつながりを物語に織り込むことによってまったく違う肯定的な展開もありえたのではないでしょうか。物語の中でも祖母は地域の人に助けられたのですから。
この朝ドラは、登場人物たちを悩ませる傾向が強かった。「悩みが視聴者を惹き付ける」ことがいわば暗黙の手法のようになっていた。百音の表情も十代から二十代前半の若者の弾けるような喜怒哀楽はほとんどなく、ほぼ「悩み一色」でした。
他と自分を比較して「私はここがダメだ」「あれができなかった」「だから不十分」「幸せになれない」とマイナス思考になりがちな日本人。その意味で日本人の特徴を描き込んだ異色作ともいえる。しかし、陥りがちなマイナス思考やうしろめたい感情をいかに転換し肯定的に組み替えるのかというあたりも多彩に描いて欲しかった。「津波てんでんこ」はまさしく震災時の教訓のはずです。脚本家・安達さんはパワフルで可能性を秘めているクリエーター。今後、また新しい作品を通して回答を示してくれると期待しています。