右端がローマ五輪に出場した村井氏

右端がローマ五輪に出場した村井氏

 しかし、この行動は所長と上層部の不評を買うことになり、一時帰国した際に幹部に呼ばれて問責された。村井氏はこれに納得がいかず、自ら退職した。1966年のことだった。

 路頭に迷った村井氏だが、学生時代の恩師に救われ、東大の生産技術研究所の研究生となった。

「失業中は職安通いでお金がなく、昼食を食べることもできないほど貧乏でした。幸運なことに研究生になれたので、必死の思いで勉強しました」

 猛勉強の成果が出て、3か月後に助手となり、1970年に31歳にして博士論文を書き上げ、その後、助教授、教授と昇進した。当時、心血を注いだのが写真測量学の研究だ。

「写真測量学は、土地や建造物などの位置や距離を測り、地図や建設工事などの図面の作成に役立てる学問です。私の研究者時代に測量技術は突出した技術革新を遂げて、地球の表面を正確に測定できるようになりました」

 1992年にアジア人として初めて国際写真測量・リモートセンシング(遠隔探査)学会の会長に就任した。53歳のことだった。測量工学の世界的権威となり、2000年に東大を定年退官した。研究者時代に得た知見を村井氏はこう語る。

「研究テーマを探すのに投資することや、常識や固定観念を打破することが重要と学びました。考え方がブレず、終始一貫することも大切です」

 たとえ、世間からどう言われようと地震予測を続ける現在の姿勢は、こうした波乱の人生の中で得たものだった。常識や固定観念を打ち破って身につけた測量工学が地震予測に役立つとは、退官時の村井氏は思いも寄らなかった。

十勝沖地震がきっかけ

 退官から2年後、再就職をせずフリーな立場だった村井氏は運命的な誘いを受けた。

「GPSのデータを使って、地震予測をしてみませんか?」

 そう村井氏に持ちかけたのは、航空測量学の専門家・荒木春視博士だ。荒木氏の提案は、GPSの位置情報を使って地球のわずかな動きを測定し、地盤や地殻の変動を調べて地震の予測をしてみないかというものだった。

「最初に荒木さんの提案を聞いた時は、『GPSで地震を予測するなんて、本当にできるのかな』と半信半疑でした」

 だが翌年に発生した十勝沖地震を調査した村井氏は、言葉を失った。

「地震発生から遡って地表の動きを調べると、前兆現象とみられる明らかに異常な地表の動きがあったことが分かりました。その時、『この方法は正しい』と気づきました」

 村井氏の地震予測のキモとなるのは、国土地理院が全国約1300か所に設置する電子基準点のGPSデータである。電子基準点は、高さ5mほどの塔のようなもので、頂部には受信機が設置されている。人工衛星でその位置の変化を常時測定でき、地球の表面の微妙な動きも測定できる。

「基準点が網の目のように張り巡らされている国は、世界中で日本だけですが、そのデータを分析し、地震予測に役立てようとする研究者は当時、皆無でした。私たちの目の前には“宝の山”が転がっていたのです」

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