ドラマ版では、“尾野ちゃん”を演じる奈緒の怪演に、多くの視聴者が釘付けとなった。田中演じる翔太に対して異常な執着心を持ち、翔太が既婚者であることを知りながら待ち伏せしたり、プレゼント渡すなどの露骨な言動を繰り返す尾野の姿に、身震いする人も多かっただろう。特に、西野七瀬演じる黒島沙和に向けて“マウスウォッシュ”を吹きかけた際の尾野のエキセントリックな行動は、視聴者の間で物議を醸した。そのため、今回の劇場版でもどんな怪演を披露してくれるのか、早くから注目を集めていた。CMでも尾野の出演シーンにフォーカスしたものが多く、否が応でも奈緒の演技に期待してしまうというものだ。
そんな奈緒といえば、2021年に目覚ましい活躍を見せた若手俳優の1人である。2018年に放送されたNHK連続テレビ小説『半分、青い。』でその名を世に知らしめ、翌年の『あなたの番です』でさらに飛躍。2021年はWOWOWオリジナルドラマ『演じ屋』で主演を務め、新人弁護士役を演じた『正義の天秤』(NHK)ではヒロインに抜擢された。先日最終回を迎えたドラマ『恋です!〜ヤンキー君と白杖ガール〜』(日本テレビ系)での好演も記憶に新しく、この秋には主要な役どころを務めた映画が4本も公開された。大躍進の年となった2021年を、自身の演じた代表的なキャラクターである尾野ちゃん役で締めくくるというのも興味深い。
本作は多くの登場人物が入り乱れるうえに、142分という映画の尺に収められているため、どのキャラクターもテレビ版ほどの出演シーンがあるわけではない。しかしながら、奈緒は視聴者の期待通り、しっかりと自身の存在を作品に刻み込んでいる。本作での尾野は妊婦となっており、慈しむように自身のお腹をなでる姿はまさに聖母のようだが、深刻な場面でいきなり場違いなテンションの大声を出したり、恐ろしい表情で調理したりと、短くとも観客にインパクトを与えるには十分なシーンがいくつも見られた。
このギャップを丁寧に生み出すことができるのは、想像力を持って役に向き合い、経験値を積み上げてきた彼女ならではだと思う。この二面性があまりに剥離してしまっては、観客は白けてしまうというもの。短い出番でズドンと強烈な印象を残す。“本格派”、“演技派”として名を成した彼女だからこその安定感ある怪演は、非常に頼もしいものとなっていた。
【折田侑駿】
文筆家。1990年生まれ。映画や演劇、俳優、文学、服飾、酒場など幅広くカバーし、映画の劇場パンフレットに多数寄稿のほか、映画トーク番組「活弁シネマ倶楽部」ではMCを務めている。