物語は崩壊の可能性と“数の論理”との新たな戦い

 では、なぜ朝倉未来はクレベル・コイケの復帰を望んだのか。ひとつはもちろん、強いやつと戦いたい、というファイターとしての欲望があったことはまちがいないだろう。そしてもうひとつは、出稼ぎ労働者としてブラジルから日本にやってきて格闘技でのし上がろうとしているクレベル・コイケを仲間だと思っているからである。加えて言えば、悪童のイメージが強い平本蓮も、ツイッター上で悪口の応酬を繰り広げてはいるが、仲間だと思っているにちがいない。

 しかし、仲間という考え方は、仲間ではない“奴ら”を想定しているということになる。誰が“仲間”で誰が“奴ら”なのか? このあたりが、仲間を大事に考える共同体の思想の難しいところである。僕の想像だが、朝倉未来にとっての仲間とは、肉体を通じてしか自分を表現できない者、もっと拡大して言えば、肉体を通してしか社会と意思疎通ができない者、している気になれない者だと思う。

 すこし視点を変えてみよう。肉体労働は、いつのまにか、映画や文学そして漫画などの表現から消えてしまってやしないだろうか。現代のサブカルチャーのリアルな表現では、ほとんどの登場人物がオフィスに通いディスプレイに向かってキーボードを打っている。かつては、瀬戸内海に小舟を浮かべて石の運搬をしている夫婦がいた(『故郷』山田洋次監督)。つるはしを振るいコンクリートを打つ若者がいた(『枯木灘』中上健次著)。ろくろを回したり、草履を編む職人たちも生き生きと描かれた(『カムイ伝』白土三平著)のだが。

 その一方で、「情報化が加速化する社会はこれからこういうふうに変わる。うかうかしてはいられないぞ」と警告し、「だからこれからの若者はこういうふうに発想し、こういう技量を身につけなければならない」と推奨する、そんなIT強者があちこちのメディアに登場している。しかし、そうはできない者、たとえできたとしてもそれでは飽き足らない者、肉体を使って対象に働きかけることで自分の存在を証明したいという欲望を抑えきれない者、そうしないと生きてる気がしない者、そういう種族がこの社会にはまだいる。

 格闘家というのは、どう考えても肉体労働者である。一般論として肉体労働者というのは、現代社会ではかなりキビシい人生を余儀なくされがちだ。21世紀の情報化社会は、肉体労働者を敗者として位置付けようとしている。朝倉未来の「格闘技を盛り上げる」は、このような趨勢に対する抵抗である。前述した朝倉未来について書いたコラムで僕は、「仲間とともにどこまで遠くに行けるか」と朝倉未来の物語を定義した。実は“遠く”というのは必ずしも海外で成功することを意味しない。ここで、“遠く”を“広く”に置き換えてもいい。すると、「仲間とともにどこまで商圏を拡大できるのか」になる。

 そのためには彼は勝たなければならない。負けが込むと否応なく物語にブレーキがかかる。しかも、ドラマのボルテージを上げるためにはリスクを取った戦い(これも朝倉未来の口癖だ)を続けなければならない。ということは朝倉未来の物語はおもわぬところで崩壊する可能性を多分に含んでいる。

  

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