独特の存在感を放つ
佐藤が演じる父・智は、非常にひょうひょうとしたキャラクターだ。「お父ちゃんな、指名手配中の連続殺人犯見たんや。捕まえたら300万もらえるで」などと突拍子もないことを口にしては、楓にいつもの冗談だと簡単にいなされる。一方で、智は娘の前ではおどけてみせるが、愛する妻を失ってから底知れぬ哀しみを背負って生きる男。楓の“気の強さ”を演じる伊東に対し、智の“不甲斐なさ”や“弱々しさ”を表現する佐藤の演技が好対照で、冒頭の佐藤と伊東の軽妙なやり取りは、2人の関係性を端的に物語っているような印象的なシーンだ。
佐藤といえば、多くの人がコミカルなイメージを持っているだろう。彼自身は、原作・脚本・監督を務めた映画『はるヲうるひと』などのようにシリアスな役を演じることもあるが、『銀魂』シリーズや『新解釈・三國志』など福田雄一監督(53才)よる数々のコメディ作品の常連俳優で、その他にも多くの作品でコメディリリーフを担っていることもあり、やはりコミカルなイメージは根強い。むしろ、“いつもふざけている人”という印象があるほどだ。しかし本作では、そのパブリック・イメージを封印し完全に覆しているのである。
ネタバレになる恐れがあるため、ここでは物語の展開については伏せるが、正直なところ、まさか佐藤にボロボロに泣かされるとは思いもしなかった。器用さと個性を持ち合わせた俳優であることは認識していたものの、やはり彼に対して抱いていた普段のイメージが強く、完膚なきまでに裏切られる形となったのだ。
本作での佐藤は“笑える要素”を一切排した演技に徹しているが、かといって他の作品に見られるような彼の持ち味が完全に失われているわけではない。一度耳にしたら忘れられない、あの絶妙な“おかしみ”を生み出す独特なセリフ回しは本作でも健在だ。むしろ、極限状態に置かれた人間がどんな言動を取るのか、彼特有のおかしみがリアリティを生み出していた。また、終始浮かべる険しい表情をはじめとした佇まいにも、追い詰められ、堕ちていく人間の現実味が宿っていた。本作での俳優・佐藤二朗の新たな顔は、観る者に大きな衝撃を与えることだろう。
【折田侑駿】
文筆家。1990年生まれ。映画や演劇、俳優、文学、服飾、酒場など幅広くカバーし、映画の劇場パンフレットに多数寄稿のほか、映画トーク番組「活弁シネマ倶楽部」ではMCを務めている。