江戸時代の暴君、異常性欲の持ち主の耽美派小説家、素朴な炭焼職人、偏屈な天才ベートーヴェン、フランス革命期の死刑執行人・・・・・・。稲垣の演じてきた人物は振り幅が相当大きいのに、どの役もハマリ役と絶賛された。
パブリックイメージをぶち壊して進みながら、パブリックイメージにまた立ち戻れる。稀有な俳優と言えるのではないか。
話を舞台に戻そう。長年、ステージを見続けてきたファンにとっては、そんなのあたりまえでスルーされるのかもしれないが、初見の立場にしてみたら、それ、すごいことですよ!!といちいち感激したくなることがかなりあった。
例えば、稲垣が歌いながら舞台上の階段を上って下りるシーンがある。それが何か? と思われるかもしれないが、では、1曲の間、階段の上り下りだけで間を持たせて、と言われたらどうやってできるだろうか。誰もがそんな簡単にできることではない。
歌いつつ自然に動きをつけながら、そのシーンの状況や感情まで表現する。それも長年ステージに立ってきた経験がベースにあるから、いくらでも引き出せるのだろう。
また、劇中、稲垣にとってあるチャレンジが必要な演出があった。彼のキャリアとポジションなら、プレッシャーを自分にかけることをわざわざ取り入れなくてもすむのに。でも敢えて挑む姿勢が、同性から見てもかっこいい。
そんな思いや、ストーリー自体もいまの時代だからこそ感じ取れる部分もあり、観終わった後、気づいたらまさかの涙が流れていた。
今回のようなきっかけがなかったら、自分はたぶん一生、稲垣吾郎のパフォーマンスを生で観る機会もなかったろう。来てよかった。テーマ曲が脳内に流れる中、心地よい気分で帰途についた。
ミュージカル・コメディ『恋のすべて』2月27日まで、東京建物Brillia HALL(東京・池袋)で公演中
(舞台写真)撮影・田中亜紀