彼らの行動履歴を評伝などで逐一調べ、何月何日に誰はそこにいて、誰はいなかったのか、裏を取るのも「当たり前」だという。
「さすがにこの作品を書いていなければやりませんが、1つ調べ出すと知りたいことが指数関数的に増えていく。それも明治の文人のように贔屓も多い実在の人物を描く以上、何分にも責任が伴いますので」
例えば第1回では6人が集い、牛鍋に燗酒で乾杯。翌月の『スバル』創刊や与謝野鉄幹の悪口も飛び出す中、杢太郎が森鴎外邸の歌会で耳にした謎の話題に。何でも3年前、団子坂名物の菊人形が〈公衆の面前で“殺された”〉のだという。しかも被害者は乃木将軍の人形で、日露戦後の暴動が相次いだ頃の話だけに推理は迷走。そのお喋りを整理し、犯人や犯行方法を見事見抜くのが、〈一言よろしゅうございますか、皆様〉と、一見控えめに登場する安楽椅子探偵・あやのなのだ。
「全体としては序盤と終盤に昔ながらのミステリー短編を置き、中盤に新本格的要素を挟みこむようなサンドイッチ構成を意識しました。舞台がほぼ料理屋だけと狭いので、事件は極力時代性を物語るものにし、料理も当時確実に存在した牛鍋はもちろん、せっかく出す以上はと凝ってみました。私自身が料理好きの凝り性ですので(笑)」
時代を立体的に多角的に見たい
まだカフェもない時代に隅田川をセーヌ川に見立て、〈人が芸術のみを考えて生きていける時間と空間〉を夢見た杢太郎たちのひたむきさが、宮内氏は愛おしいという。
「その一方で四谷の細民窟や当時の様々な社会問題に触れてはいます。その理由としては一つの時代を立体的に、多角的に見てみたかったのが一つ。もう一つは私自身の興味です。私は綾辻行人氏の『十角館の殺人』を読んで作家を志しながら、なぜか作品はどことなく社会派なんです。社会派ミステリーへのアンチテーゼ的な綾辻さんの耽美的な世界に嵌ったのが、原体験のはずなのに。自分でも不思議なんですが」