黒田東彦日銀総裁は3月30日昼、岸田文雄首相と会談後、記者団に「内外の経済情勢や金融市場の状況について話した」と述べた(時事通信フォト)
「企業はコロナ禍もあって生産の一部を国内回帰に転換し始めています。農業も輸出を奨励するようになりました。しかし工業も農業も、まず作るためには輸入しなければならない。いますぐ物が不足するとか飢えるとかの話ではありませんが家計は直撃します。少数の大金持ちはいいんです。どうなったって大金持ちは強い。でも日本の一般国民の大半は私も含めて庶民でしょう。庶民の家計は直撃します。食料はもちろん、電気やガソリンだって為替相場と無縁ではありません」
対ドル150円になったらギブアップする企業も続出するでしょう
21世紀に入ってしばらく、激安に慣らされた日本人にとって近年は経験したことのない値上げの嵐、そしてそれは現在も進行中である。
「たとえばゴムなんかも顕著ですね、10%くらい上がってるんじゃないですか」
ゴムというと車のタイヤをすぐに思い浮かべるが、シリコンやバイトン(フッ素ゴム)などもあり、たとえば弁当のパッキンや食品のゴム容器(食品衛生法適合材に限る)もゴムである。
「食品そのものの値上げもそうですが、容器もコストがかかるんです。ナフサなんかも高いですね」
ナフサとは合成樹脂の原料で、これも石油製品である。牛乳パックは紙だから関係ない(紙も高騰しているが)と思いがちだが、パッケージには合成樹脂が使われている。私たちの生活、そのほとんどは海外に依存している。日本がロシアのような制裁を受ければ半年持たないだろう。
「そんな日本が円安容認ですよ。まして戦争でも円が高くならない。いままでと違う『悪しき円安』なんです。これから何もかも値上げするでしょうし、うちも買い勝つためにはそれなりの値で買いつけるしかありません。事業参入先も新規開拓が必要でしょう。最近は値上げ基調からか顧客の理解も得られるようになりました」
より安く、より良いものを、という一般客に対して企業は安売りをするしかなかった。そのために中間業者はもちろん生産者に無理を頼むしかなかった。それがコロナ禍と戦争、そして日本そのものの円安も含めた弱体化により値上げをするしかなくなった。この流れは止まらないだろう。
「いまは120円台ですが、私は対ドルで150円くらいの円安はあると踏んでいます。そうなったらギブアップする企業も続出するでしょうね」
1ドル150円は内外の投資家も警鐘を鳴らしはじめている。先の円安予想のように逆の意味で外れてくれればありがたいが、悪い方の予想は得てして当たるもの。国力が衰え、賃金が上がらぬままにインフレが進めば、景気停滞と物価上昇が同時に進行するスタグフレーションが起きかねない。スタグフレーションといえばアルゼンチン、知らない人は笑うだろうが、かつてアルゼンチンは欧米が警戒するほどに裕福な経済立国だった。重度のスタグフレーションに陥れば、資源も食料も他国頼みの日本はアルゼンチンのように凋落する可能性がある。軽度ならかつてのイギリスだろうか、凋落は仕方がないが、せめてこの程度にはとどめたい。
黒田東彦日銀総裁は3月25日の委員会答弁で「円に対する信頼」は失われていないと述べた。円安が日本経済にプラスという姿勢もいまだ崩していない。かつて円安は「125円まで」とそれ以上の円安はありえないと語った総裁の手腕やいかにだが、大本営発表とは裏腹に、私たち一般国民の生活は円安と買い負け、物価高とそれを無視するかのような増税で厳しくなるばかりだ。
総裁、この円安、本当に容認していいのだろうか。
【プロフィール】
日野百草(ひの・ひゃくそう)日本ペンクラブ会員。出版社勤務を経てフリーランス。社会問題、社会倫理のルポルタージュを手掛ける。