一方、昌幸はやはり曲者だった。嫡男の秀忠がまんまと術中に嵌り、関ヶ原に遅刻するなど、家康にすればまさに疫病神。さらにその死後は息子・幸村の知略に散々苦しめられるわけだから、やはり真田一族のことは憎くてたまらない。
本書では戦国最後の戦となった大坂夏の陣で実は誰が何をし、何をしなかったのかを、家康が自ら関係者を召喚し、聴取する、全7部構成をとる。
「織田有楽斎や南条元忠、後藤又兵衛に伊達政宗、それから毛利勝永と、大坂夏の陣7不思議といわれる謎の関係者が次々と証言に立つ、真田版『リーガル・ハイ』をめざしました(笑)。
真田物、幸村物がこれだけある中で、ひとつは名と家に拘ること、ひとつは英雄のことはいっそ現場の人間に語らせた方が、英雄視される過程も含めて、真に迫れそうだったこと。今ひとつは本書を真田に限らない兄弟や親子の物語として描きたかったことがあります。だから、他の武将においても兄弟の確執など、新しい視点や角度をどんどん取り入れていきました」
魅力的な物語ほど二次創作を誘う
その合間には、信之が真田の家や弟との来し方を語る独白パートが並走する。
「言うなれば『八本目の槍』方式と『じんかん』方式の合体ですね。2つを足して、さらに深みをめざしました。常に自分にハードルを課し、新しいことに挑まないと読者は満足しない。これは以前、宮城谷昌光先生から言われた教えです」
なぜ南条元忠は戦半ばで腹を切り、なぜ伊達政宗は味方を銃撃したのか。豊臣方の浪人衆は負け戦になぜ集い、その目的は金か名かそれとも? 等々、人の数だけある思いや事情に迫る、探偵家康がなかなかいい。
「他にも総大将に推された有楽斎はなぜ逃げたかとか、歴史好きが語りそうな謎を現場目線で解いていくことで、幸村の謎っぽい存在感が逆に深まればいいなあと。
そもそも幸村って名前が唐突すぎるんです。みんなが信繁という本名を知りつつ幸村と呼んでしまうこのフィット感は何やねんと(笑)。他にも真田家では信之が源三郎、信繁が源次郎と幼名が逆転するなど、名前ネタには事欠きません。
当時の感覚では家と命は同義に近い。だからこそ名も家も両取りしようとした父親に限界を感じた兄は命、弟は名を残そうと、2人で役割分担したんじゃないかと僕は思うんです。どっちかしか選べないから。信之による名脚本を名優・信繁が演じ、それがみんなの夢になったのが大坂夏の陣かもしれず、魅力的な物語ほど二次創作を誘うように、兄弟総出で作った伝説が幾多の講談や小説の礎となったのかもしれません」