ライフ

末並俊司氏、小学館NF大賞受賞作は山谷で理想のケアを目指した男の物語

末並俊司氏が『マイホーム山谷』について語る

末並俊司氏が『マイホーム山谷』について語る

【著者インタビュー】末並俊司氏/『マイホーム山谷』/小学館/1650円

 介護も、そして取材も、最も悩ましいのは対象との距離感かもしれない。相手との近すぎる距離が時に共感や救いを生む一方、その生身ゆえのストレスに従事者が少なからず痛んでもきたことを、末並俊司著『マイホーム山谷』に改めて気づかされた思いがした。

 舞台は大阪の釜ヶ崎や横浜寿町と並ぶ3大寄せ場の1つ、山谷。この台東区と荒川区にまたがる一帯には最盛期で222軒ものドヤが建ち、〈肉体労働者の送り出し元〉として戦後日本の発展を歴史的に支えてきた。

 その山谷が今や〈福祉の街〉と化し、住民の高齢化や介護に関して独自の支援体制を確立してきたことは、実は意外と知られていない。本書ではそんな〈山谷版・地域包括ケアシステム〉の一角を担うホスピス「きぼうのいえ」の創設者、山本雅基・美恵夫妻の来し方や町の歩みを追うが、それは美談どころか、理想のケアを夢見、純粋に人のためを思った人々の、大きすぎる代償の物語でもあった。

 著者自身、〈取材者としての矩〉を踰えがちなタイプではあった。2011年春に別件の取材で初めて山谷を訪れて以来、年末恒例の炊き出しにボランティアで通うように。その間、両親を自宅介護の末に看取り、2018年夏、〈今思えば私は何かしらの救いを求めて〉、山本氏を訪ねたとある。〈ところが、待っていたのは期待と大きくかけ離れた現実だった〉と。

「それこそ山田洋次監督の映画『おとうと』やNHKの『プロフェッショナル 仕事の流儀』でも注目された山谷のシンドラーとマザー・テレサが迎えてくれると思いきや、美恵さんは8年も前に家を出たらしく、異臭はするわ、床は酒でベタつくわ、救いどころじゃなかったわけですよ。

 この時、山本さんは既に理事長職を解かれ、統合失調症も最も重い時期でした。雑誌で見開き記事くらいは書けるとも考えたんですが、この人の波瀾の人生を2頁にしていいのかと思い始め、そのうちに山本さんが生活保護を受けることになって。その時ですね、彼や山谷の話を1冊の本にしたいと強く思ったのは。彼はとことん堕ちたからこそ、支援する側からされる側になれたともいえるので」

 山谷は2002年に夫妻がこのホスピス(福祉法上は無料定額宿泊所)「きぼうのいえ」を始める以前から、山友会や訪問介護ステーション・コスモスといった各種NPOが活動。末並氏が〈志のあるよそ者たちを引きつける磁力〉を見るように、支援する側も大半はよそ者。2018年時で平均年齢約67歳、生活保護受給率89%の約4000人弱を教会や組合系団体が支える、〈共助の考え方が浸透している街〉だ。

 警察官僚の父親をもち、全国を転々とした山本氏と、長野県出身の看護師・美恵さんは失意の中で出会い、ほどなく結婚。〈ホームレスのためのホスピス〉という無謀にも映る夢を叶え、〈スライム方式〉と名付けた患者本位のケアに全霊を傾ける2人の姿は、メディアでも注目を浴びた。が、映画の公開を祝した打ち上げ翌日、美恵さんは〈これ以上、魂に嘘はつけません〉と書き残し、ある男性職員と失踪してしまう。

関連記事

トピックス

三原じゅん子氏に浮上した暴力団関係者との交遊疑惑(写真/共同通信社)
《党内からも退陣要求噴出》窮地の石破首相が恐れる閣僚スキャンダル 三原じゅん子・こども政策担当相に暴力団関係者との“交遊疑惑”発覚
週刊ポスト
ツアーに本格復帰しているものの…(左から小林夢果、川崎春花、阿部未悠/時事通信フォト)
《トリプルボギー不倫》川崎春花、小林夢果、阿部未悠のプロ3人にゴルフの成績で “明暗” 「禊を済ませた川崎が苦戦しているのに…」の声も
週刊ポスト
兄・輝星と仕草も容貌も瓜二つの吉田大輝
金足農業・吉田大輝「甲子園で優勝して、兄・輝星を超えたい」決意 顔も仕草も瓜二つだが、「まるで違う」と父が明かす2人の性格
週刊ポスト
山本アナは2016年にTBSに入局。現在は『報道特集』のメインキャスターを務める(TBSホームページより)
【「報道特集」での発言を直撃取材】TBS山本恵里伽アナが見せた“異変” 記者の間では「神対応の人」と話題
NEWSポストセブン
解散を発表したTOKIO(HPより)
「城島さん、松岡さんと協力関係は続けていきたいと思います」福島県庁「TOKIO課」担当者が明かした“現状”と届いたエール
NEWSポストセブン
映画『国宝』で梨園の妻を演じた寺島しのぶ(52)
《無言の再投稿》寺島しのぶ、SNSで2回シェアした「画像」に込められた歌舞伎役者である息子・尾上眞秀への“覚悟”
NEWSポストセブン
寄り添って歩く小室さん夫妻(2025年5月)
《ベビー服は男の子のものでは?》眞子さん、夫・小室圭さんと貫く“極秘育児”  母・佳代さんの「ラブコール」も届かず…帰国が実現しない可能性も
NEWSポストセブン
吉沢亮演じる喜久雄と横浜流星演じる俊介が剣幕な表情で向かい合うシーンも…(インスタグラムより)
“憑依型俳優”吉沢亮主演の映画『国宝』が大ヒット、噂される新たな「オファー」とは《乗り越えた泥酔事件》
NEWSポストセブン
イギリス出身のインフルエンサーであるボニー・ブルー(本人のインスタグラムより)
“半日で1000人以上と関係を持った”美女インフルエンサー(26)がイギリスの公共放送で番組出演「口をすぼめて、吸う」過激ビジュアル
NEWSポストセブン
元横綱・白鵬の宮城野親方に相撲協会はどう動くか(八角理事長/時事通信フォト)
八角理事長体制の相撲協会に「70歳定年制」導入の動き 年寄名跡は「105」しかないため人件費増にはならない特殊事情 一方で現役力士が協会に残ることが困難になる懸念も
NEWSポストセブン
「池田温泉旅館 たち川」の部屋風呂に「温泉偽装疑惑」。左はHPより(現在は削除済み)、右は従業員提供
「水道水にカップ5杯の重曹を入れてグルグル…」岐阜県・池田温泉「高級旅館」の部屋風呂に“温泉偽装”疑惑 ヌルヌルと評判のお湯の真実は…“夜逃げ”オーナーは直撃に「誰からのリークなの? それ」
NEWSポストセブン
「週刊ポスト」本日発売! 三原じゅん子「暴力団ゴルフコンペ」写真ほか
「週刊ポスト」本日発売! 三原じゅん子「暴力団ゴルフコンペ」写真ほか
NEWSポストセブン