1976年、松坂屋ナゴヤエキ店で開催された新幹線解体部品即売会に出された新幹線の座席など。今も鉄道車両の座席が販売されることがありファンが購入している(時事通信フォト)
「モケットの素材には、ポリエステルやナイロン、モヘアなどが使われます。鉄道各社の方針や観光列車or通勤列車といった用途によってもモケットの素材に何を使うのか変わってきます。そのため、一概に比べることは難しいのですが、阪急はもっとも高価な素材であるモヘアを100パーセント使用したモケットです」と教えてくれたのは、鉄道車両のモケットを開発・製造する日本シールの竹野林太郎さんだ。
日本シールは今年で創業100年を迎える繊維製品メーカーの老舗で、東海道新幹線の0系をはじめ、多くの鉄道・バスの座席シートを手掛けてきた。
座席の快適性が向上しても、鉄道会社の収益には結びつかない。それでも、多くの鉄道会社はやメーカーは快適性を向上させるために工夫を重ねる。しかし、近年は経営合理化の方針もあり、安い素材を使うような流れになっている。
以前まで、阪急の車両にはモヘアのほかにナイロンを使っているシートもあった。しかし、少しずつモヘアへと切り替え、今はモヘア100パーセントになっている。つまり、阪急は経営合理化で切り捨てられがちな座席の快適性を高めているのだ。それ以外にも、阪急の座席には秘密があると竹野さんは言う。
「鉄道車両の座席に使われるモケットのパイル長は、おおよそ2.7から3.0が一般的です。パイル長が長くなればなるほど、ふかふかな感触になります。阪急のモケットは、4.7~4.8ミリメートルぐらいと、通常よりも1.5倍も長いのです」(竹野さん)
鉄道ファンには、乗ることに楽しみを見出す乗り鉄、撮ることに熱中する撮り鉄などがいる。近年、これらは細分化している。乗り鉄の一形態として、各列車の座席を比べる座席鉄という鉄道ファンという分類も出てきた。
座席鉄にも好みがあり、どの座席がベストなのかは各々で判断がわかれる。それでも、おおむね新幹線のグリーン車や豪華な観光列車の座席を快適とする傾向にあるようだ。
鉄道ファンでなければ、いちいちシートの快適性を気にすることはないかもしれない。まして、乗り比べなどはしない。それでも、潜在的に快適な座席に座りたいという欲求はあるはずだ。
日本シールはコロナ禍で鉄道車両の新造が減少したことを受け、モケットを使用したグッズ制作にも事業を多角化した。現在、日本シールは鉄道各社のモケットでカバン・ペンケース・サイフといったグッズをネット販売している。これらのグッズは鉄道ファンや沿線住民を中心に好評を得ているが、一連のグッズ販売によって普段は座席の快適性を気にしなかった利用者から「いつも乗っている電車のシートって、こんなに手触りがいいんだな」と再確認してもらえるという、副次的な効果を生んだ。
阪急ほどではないにしても、全国の鉄道各社は運賃のみで乗車できる列車に上質な座席を用意している。大使のツイートを機に、改めて自分が使っている列車の座席に目を向けてみたら、それが実感できるだろう。