ゆっくり歩くのは難しいんです。馬は速く歩きたい。その方が楽なんです。ゆっくりゆったり動くって人間でも難しいでしょう。言うなれば太極拳みたいな動きです。ゆっくりだからできそうだけど、バランスを取らなければいけない。
馬が動く時の“エンジン”は後ろにあります。後ろ脚が動かないと前が動かない、腿も背中も首も大事。全部が動いていい常歩ができる。後ろ脚がぐいぐい出て、それをハミで受けて収縮していれば弾けます。いい常歩ができないと“エンジン”の駆動が前脚にも伝わらない。
蛯名正義厩舎では調教の最後に逍遙馬道という森林の中の散歩道で、じっくり歩かせます。調教の後というのは比較的落ち着いていますけど、たまにカッカしている馬もいる。あるいはまだ背中が弱いから除外したくなることもあるけれど、主導権を馬に持たせて安全ばかり考えていても強い馬はつくれない。馬が出しているメッセージをくみ取るところはくみ取りつつ、どうすればいいか考える。そこは難しいところです。
いい常歩を30分もやったら運動としてもかなり違いが出てきます。いい常歩ができない馬は速く走ることができないと思っています。
【プロフィール】
蛯名正義(えびな・まさよし)/1987年の騎手デビューから34年間でJRA重賞はGI26勝を含む129勝、通算2541勝。エルコンドルパサーとナカヤマフェスタでフランス凱旋門賞2着など海外でも活躍、2010年にはアパパネで牝馬三冠も達成した。2021年2月で騎手を引退、2022年3月に52歳の新人調教師として再スタートした。
※週刊ポスト2022年6月3日号
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