新たな国際秩序が生まれる
プーチンの「夢」については、筆者が米ハーバード大学に在籍していた2013年に意見交換したズビグネフ・ブレジンスキーが明快に解説していた。カーター政権で安全保障担当の大統領補佐官を務めた国際政治学者だ。
「ロシアにとってウクライナは地政学的に最も重要な国だ。プーチンは『欧州の帝国』の地位を固めるために、どんな手段を使ってでも勢力下に置こうとするだろう」
ブレジンスキーの予測通り、その翌年にロシア軍はクリミアに侵攻し、9年後にウクライナへの全面侵攻に踏み切った。
こうしたプーチンの野望に目を凝らしているのが習だ。トップ就任直後に打ち出した政治スローガン「中国の夢」は、「中華民族の偉大なる復興」を目指している。米国を追い越して世界一になり、世界の国内総生産(GDP)の半分以上を占めていた明や唐の王朝のような広大な領土と圧倒的な経済力を持つことを目指すものだ。その「中国の夢」の理論的支柱をつくった中国国防大学教授で上級大佐の劉明福は、具体像について解説する。
「最も重要なのは『統一の夢』で、国家統一の完成です。習主席は在任中に台湾問題に積極的に取り組み、最終的に国家統一を実現すると確信しています」
今秋の第20回中国共産党大会で、3期目に突入する可能性が高い習が、任期内に統一に向けて動く可能性が高いだろう。
中国とロシアはかつて戦火を交えており長らく対立してきた。だが、同じ「夢」を抱いた2人の個人的な関係が、急速に両国関係を結び付けているのだ。
冷戦後、米国、ソ連(ロシア)、中国の3か国は接近や離反を繰り返すパワーゲームをしてきた。古くは1970年代、米大統領、リチャード・ニクソンがソ連に対抗するため、中国と国交正常化に舵を切った。最近では強大化する中国を牽制するため、ロシアと手を結ぶ必要性を訴える言説が米国や日本では語られている。
しかし、本連載で中ロ両国を率いるそれぞれの独裁者をつぶさにみてみると、2人の個人的な関係に基づく両国関係にくさびを入れることは簡単ではないことがうかがえる。中国で勤務経験がある米政府当局者は中ロ関係の将来について次のような見立てをする。
「ウクライナ戦争における中ロの連携をみても、両国の離間は『幻想』だったと言わざるを得ない。2人のトップのどちらかが失脚もしくは死去しない限り、両国の接近の流れは止まらないだろう」
ウクライナでの「プーチンの戦争」がどのような結末を迎えるのか。それには習の台湾統一に向けた決断をも左右するだろう。いずれにしても、2人はそれぞれの「夢」の実現に向けて、連携を強めていくのは必至だ。そうなれば、欧米・日本などの「自由主義陣営」対中国・ロシアなどの「権威主義陣営」の二極化が進むだろう。
世界は今、新たな国際秩序の分岐点に立っている。
(了。第1回から読む)
【プロフィール】
峯村健司(みねむら・けんじ)/1974年長野県生まれ。青山学院大学国際政治経済学部卒業後、朝日新聞入社。北京・ワシントン特派員を計9年間務める。「LINE個人情報管理問題のスクープ」で2021年度新聞協会賞受賞。中国軍の空母建造計画のスクープで「ボーン・上田記念国際記者賞」(2010年度)受賞。2022年4月に退社後は青山学院大学客員教授などに就任。著書に『宿命 習近平闘争秘史』(文春文庫)、『十三億分の一の男 中国皇帝を巡る人類最大の権力闘争』(小学館)など。
※週刊ポスト2022年8月5・12日号