個人的に好きなのは、第27作『浪花の恋の寅次郎』の芦屋雁之助だ。この作品は関西喜劇人総出演作品で、たとえば大村崑など、短い出番ながら実に味わい深い芝居を見せるのだが、それ以上に強い印象を残すのが、寅が泊まるボロ旅館のドラ息子を演じた芦屋雁之助である。
通天閣をバックに大アクビしながらヌッと画面に入って来る登場場面から、大阪を去る寅次郎を地下鉄の駅まで見送りに来る別れの場面まで、雁之助は控え目な演技で関東喜劇人代表の渥美清を立てながら、抜群の存在感を示す。柴又に戻った寅が、雁之助の影響を受けてコテコテの関西弁になっているオチ(渥美清が関西弁を喋るのだ!)は、まるで渥美が雁之助に贈った感謝状のようだ。
だが、並み居る名優を抑えてのベスト脇役賞は第17作の『寅次郎夕焼け小焼け』の宇野重吉のものである。この作品は、寅が、飲み屋で勘定を払えず警察に突き出されかけていた文無し老人の宇野重吉に同情し、飲み代を払ってやった上、「とらや」に泊めてやるところから始まる。老人は「とらや」を旅館と勘違いして「風呂をわかせ」「鰻を食わせろ」と次々に横暴なことを言うものだから、おいちゃんもおばちゃんもカンカン。ところが老人が、宿賃代わりにと言って画用紙に描いた絵を、寅が神田の古書店に持って行くと、その絵は10万円で売れる。実は老人は日本画壇最高峰の画家だったのだ。寅があわてて「とらや」に戻って「爺いを逃がすな!」と叫ぶが、老人は帰った後──という快調な滑り出し。宇野の画家としての存在感が確かなものなので、ギャグが次々にハマって、笑えること笑えること。
そして「男はつらいよ」の「この1本!」も、『寅次郎夕焼け小焼け』である。この作品は、1976年のキネマ旬報年間ベストテンの第2位で、寅さん映画としては歴代最高順位。つまり、ゲージュツとしても優れている、ということだ。
寅さん映画のマドンナの登場のタイミングを計ると、平均は冒頭から32分30秒めだが『寅次郎夕焼け小焼け』で太地喜和子が登場するのは51分30秒め。全50作中、3番目に遅い。だが、『寅次郎夕焼け小焼け』は、そこまでの展開がスピーディーで面白い上、登場する太地喜和子のチャキチャキの芸者ぶりが何とも小気味よく、寅さんとの恋愛ドラマも過不足がない。さらに、ラスト10分の展開が見事で、後味のよさも50作中随一だ。「男はつらいよ」を1本だけ見るとしたら、『寅次郎夕焼け小焼け』で決まりである。
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馬場氏は、新著『この1本!~超人気映画シリーズ、ひとつだけ見るならコレ~』の中で、「男はつらいよ」意外にも、「007」「ハリー・ポッター」「ロッキー」「名探偵コナン」「若大将」など、数々の人気シリーズのベストオブ・ベストを論じている。
【プロフィール】
ホイチョイ・プロダクションズ 馬場康夫/1954年、東京都生まれ。1981年『気まぐれコンセプト』(「週刊ビッグコミックスピリッツ」連載中)でデビュー。映画監督作品に『私をスキーに連れてって』『彼女が水着にきがえたら』『波の数だけ抱きしめて』『バブルへGO!!』など。10月下旬ごろ放送の『斎藤工×板谷由夏 映画工房』(WOWOW)にも出演予定。