当時、大阪府警の外事課にいた元捜査員は私の取材にそう繰り返した。
「一支部の部長に過ぎない金浩龍が南の大統領暗殺計画に関与するはずがない。小さい頃から互いによう知っとったから、韓国側のキツい取り調べに文世光が咄嗟に名前を出したに過ぎないんちゃうか。あいつが万景峰号に乗船して暗殺指令を受けたという供述も怪しい。あの頃、万景峰号が大阪港に停泊する時は府警が船のそばの監視拠点で出入りするヤツら全員のツラ割をしていた。わしもやっとったが、文世光は出入りしていない」
日本警察が真相の解明を放棄したことで不可解さが澱のように残った。
金大中事件と朴正煕夫人銃殺事件。日本の戦後史上に残る大事件に総連と民団が深く関わり、激しい相克が続いた。
(了。前編から読む)
【プロフィール】
竹中明洋(たけなか・あきひろ)/ジャーナリスト。1973年山口県生まれ。北海道大学卒業、東京大学大学院修士課程中退、ロシア・サンクトペテルブルク大学留学。在ウズベキスタン日本大使館専門調査員、NHK記者、衆議院議員秘書、「週刊文春」記者などを経てフリーランスに。著書に『沖縄を売った男』(扶桑社)、『殺しの柳川 日韓戦後秘史』(小学館)がある。
※週刊ポスト2022年9月30日号