亡命生活を余儀なくされた金大中(時事通信フォト)

亡命生活を余儀なくされた金大中氏(時事通信フォト)

 逮捕された文世光は韓国の捜査当局の取り調べに供述を始める。その内容を要約すると、きっかけは1972年に文世光が参加していた在日韓国青年同盟(韓青)と在日本朝鮮青年同盟(朝青)の合同大会だったという。韓青はもともと民団傘下の青年組織だったが、朴政権を支持する民団執行部と対立し、総連傘下の朝青と関係を深めていた。

 この大会で文世光は総連生野西支部の政治部長だった金浩龍(キム・ホリョン)と知り合う。当時の総連では政治部といえば、対民団や対南工作を担当していた。金浩龍が文世光の自宅を訪問して北朝鮮の革命路線を教えるうちに文世光も同調するようになる。

 1974年5月には金浩龍の指示で大阪港に入港していた北朝鮮の万景峰号に乗船し、船内で北の工作指導員の男と会ったとされる。工作指導員は文世光に人参酒と食事を勧めながら、「南朝鮮に人民民主主義革命を起こすためには、社会を混乱させ、朴正煕を暗殺するしかない」と指示。文世光も革命のために命を捧げると誓ったという。

 その2か月後に文世光は大阪市内の交番から拳銃を盗み出し、韓国に入国。トランジスタラジオの中身を抜き、そこに分解した拳銃を隠して持ち込んだという。

「東京爆撃をできないか」

 文世光の供述を韓国の捜査当局が発表すると、これを真っ向から否定したのが総連である。名指しされた金浩龍は記者会見を開き、韓国の発表を「根拠がない」と非難した。

 文世光と知り合ったことは事実だとするも、そのきっかけについては、総連の機関紙を配布していた金浩龍に文世光が「読みたい」と声をかけてきたからだと説明した。祖国の統一問題について「ごく一般的に話し合うぐらいの関係」で、万景峰号に乗船するよう指示したことも否定した。

「日本の捜査当局が朴(正煕)一味の要請で事情聴取を求めて来ても一切拒否する」

 金浩龍は断言したが、大阪府警の捜査が総連に及ぶことはなかった。日本が総連への捜査に消極姿勢を示すと朴正煕は激怒。こう漏らしたという。

「東京爆撃をできないものか」

 青瓦台に駐韓日本大使を呼び出して総連の非合法化を訴え、非公式に破壊活動防止法の適用まで求めた。

 日本政府は総連の取り締まりについて、「日本における反韓国的犯罪集団は誠意をもって取り締まる」ことを約束した田中角栄首相(当時)の親書を朴正煕に手渡すことで決着を図った。

 1974年12月、韓国大法院で文世光の有罪が確定。その3日後に死刑が執行された。遺言では、「総連にだまされて、こんな過ちを犯した私がバカだった」と述べたという。

「文世光事件は難儀や。あれはわからんことが多すぎる」

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