スポーツ

県岐阜商・鍛治舎巧監督 先天性難聴のエースとの対話のために71歳にして手話を覚えた高校球界の「silent」

高校球界の名将と呼ばれる鍛治舎監督(筆者撮影、以下同)

高校球界の名将と呼ばれる鍛治舎監督(筆者撮影、以下同)

 熊本・秀岳館時代に甲子園で3季連続のベスト4進出を果たし、現在は母校の県立岐阜商業で指揮を執る名将・鍛治舎巧監督。今、ひとりの球児のために新たなコミュニケーションの方法を身につけたのだという。ノンフィクションライター・柳川悠二氏がレポートする。【前後編の前編。後編を読む】

 * * *
 2年前の夏、県立岐阜商業(県岐商)が全国高等学校野球選手権大会の1回戦で高知・明徳義塾に敗れた翌日のこと──。帰郷後すぐに新チームを始動していた同校のグラウンドで鍛治舎巧監督に紹介されたのが、三塁の守備に就いてノックを受けていた1年生の山口恵悟だった。

 3歳の時に先天性難聴が発覚し、両耳が聞こえないというハンデを背負う山口は、中学時代まで県立岐阜聾(ろう)学校で過ごしたという。鍛治舎監督は言った。

「初めて会ったのは彼が中学1年生の時。所属していた岐阜中濃ボーイズの代表と話をしていて、『こういうハンデを持つ子が、レベルの高い学校で野球を続けることは難しいでしょうか』と相談されたんです。その時は、『考えてみましょう』とだけ伝え、学校で校長に相談した。すると偶然にも校長が聾学校の校長と親しく、また教育委員会ともかけあってくれたんです。そして、山口も一生懸命勉強を始めて、簿記も頑張っていた。それで入学が決まりました。まだ1年生ですがピッチャーとしても既に、140キロを超えている。いずれメンバーに入ってくるでしょう」

 聾唖(ろうあ)の投手が伝統公立校の一員として甲子園のマウンドに立つ──もし実現したならば、春夏の甲子園を主催する朝日新聞や毎日新聞が飛びつくような話題と思ったものだ。

 それから1年後の昨年(2022年)夏、山口は思わぬ形で聖地のマウンドを踏むことになる。組み合わせ抽選会の翌日、チーム内で新型コロナウイルスのクラスターが発生し、エースと正捕手を含む10人が登録を外れる緊急事態が襲った。出場辞退も考えられたなか、社高校(兵庫)戦の先発に指名されたのが山口だった。

 だが、山口にとって甲子園デビューはほろ苦い経験となった。先頭打者に四球を与え、先制を許すと、2回にも3失点してイニングの途中に降板。チームは1対10と大敗した。

「投げるボールはアウトコースばかりで、相手バッターの懐を攻めていけない。そんな弱気なピッチングでは甲子園で勝てません。彼自身の糧とするためにも、交代後、すぐに伝えなければならないと思いました」

関連記事

トピックス

筑波大学で学生生活を送る悠仁さま(時事通信フォト)
【悠仁さま通学の筑波大学で異変】トイレ大改修計画の真相 発注規模は「3500万円未満」…大学は「在籍とは関係ない」と回答
NEWSポストセブン
(時事通信フォト)
《佳子さま盗撮騒動その後》宮内庁は「現時点で対応は考えておりません」…打つ手なし状態、カレンダー発売にも見える佳子さまの“絶大な人気ぶり”
NEWSポストセブン
監禁暴行の被害女性はW不倫の相手と別れ話で揉めていた(写真提供/イメージマート)
《ベテラン刑事が振り返る仰天事件》幼い娘2人を放置し…不倫相手に溺れた末、DVから逃げて警察署へ駆け込んだ母親 子供を保護した警察官へ放った「私は母である前に女なんです」
NEWSポストセブン
空いている電車内で居眠りしていた様子を盗撮され、一方的に非難する字幕とともにSNS投稿された(写真提供/イメージマート)
《SNSへの勝手なさらし被害》障がい者の家族がいる女性が専用スペースに車を駐車したところ…「不正利用」と決めつけられ”言い合い”の動画が拡散
NEWSポストセブン
中国が台湾侵攻を決断したらロシアが呼応する可能性も(習近平主席/EPA=時事)
《EU国防委員らが警告》2027年はロシアと中国の同時侵攻が現実化する「最も危険な瞬間」、中国の台湾侵攻にロシアが呼応する可能性
NEWSポストセブン
2025年7月場所
名古屋場所「溜席の着物美人」がピンクワンピースで登場 「暑いですから…」「新会場はクーラーがよく効いている」 千秋楽は「ブルーの着物で観戦予定」と明かす
NEWSポストセブン
アメリカから帰国後した白井秀征容疑(時事通信フォト)
【衝撃の証拠写真】「DVを受けて体じゅうにアザ」「首に赤い締め跡」岡崎彩咲陽さんが白井秀征被告から受けていた“執拗な暴力”、「警察に殺されたも同然」と署名活動も《川崎・ストーカー殺人事件》
NEWSポストセブン
ドバイの路上で重傷を負った状態で発見されたウクライナ国籍のインフルエンサーであるマリア・コバルチュク(20)さん
《“ドバイ案件”疑惑のウクライナ美女》参加モデルがメディアに証言した“衝撃のパーティー内容”「頭皮を剥がされた」「パスポートを奪われ逃げ場がなく」
NEWSポストセブン
今はデジタルで描く漫画家も多くなった(イメージ)
《漫画家・三田紀房の告白》「カネが欲しい! だから僕は漫画を描いた」父親の借金1億円、来る日も来る日も借金を返すだけの地獄の先に掴んだもの
NEWSポストセブン
詐称疑惑の渦中にある静岡県伊東市の田久保眞紀市長(左/Xより)
【伊東市・田久保市長が学歴詐称疑惑に “抗戦のかまえ” 】〈お遊びで卒業証書を作ってやった〉新たな告発を受け「除籍に関する事項を正式に調べる」
NEWSポストセブン
違法薬物を所持したとして不動産投資会社「レーサム」の創業者で元会長の田中剛容疑者が逮捕された
《不動産投資会社レーサム元会長・注目の裁判始まる》違法薬物使用は「大きなストレスで…」と反省も女性に対する不同意性交致傷容疑は「やっていない」
NEWSポストセブン
女優・福田沙紀さんにデビューから現在のワークスタイルについてインタビュー
《いじめっ子役演じてブログに“私”を責める書き込み》女優・福田沙紀が明かしたトラウマ、誹謗中傷に強がった過去も「16歳の私は受け止められなかった」
NEWSポストセブン