目黒区の瀟洒な一軒家に今も介護士らの手を借りて暮らす祖父は、おじいちゃん子である楓にとって最愛の肉親だ。愛飲する煙草〈ゴロワーズ〉の紫煙の彼方で〈知性の光〉を取り戻す祖父に、まずは楓が仮説を披露し、矛盾について議論しながら真実に近づいていく、2人の時間がいい。
祖父は推理を〈物語〉と呼び、その真相が絵で見えるらしい。その眼前には時にクリスティら本格御三家までが顔を揃えたりするなど、豪華なことこの上ない。
そして先述した瀬戸川氏の著作になぜか挟まれていた訃報記事の謎や、近所の居酒屋で起きた殺人事件の密室の謎。さらに楓が死の危機に直面する終章まで、謎解きはもちろん推理小説を愛する者特有の感覚まで楽しめる、ミステリ好きのためのミステリなのだ。
怖くて辛くても笑いに転換する
例えば〈翻訳もののクラシカルな本格って、ミステリという所詮はつくりものに過ぎない鋳物の中にさらにいくつかの鋳物が入っちゃっているんです〉と、それらを〈マトリョーシカ・ミステリ〉と呼び、独自の見解を披露する四季の少々ややこしい愛情は、小西氏自身のものでもあるとか。
「リアリティと最も遠い文学形式が本格ミステリで、いわばそもそもが現実世界のパロディなのではないかと。だからこそポーの『モルグ街の殺人』以来、200年近くも続き得たと思うし、密室や人間消失物といった王道に僕があえて拘るのも、それでも楽しめるか否かがミステリの生命線だから。
『新カー問答』の松田道弘氏も言うように100点満点のミステリなど願い下げ。弱点があるから面白く愛おしいのがミステリで、それをツッコミや批判込みで楽しむ文化に、僕自身、憧れてきた1人なんです」