ライフ

「おふくろの味」はなぜ「肉じゃが」なのか 家庭科の調理実習やメディアの影響も

「食を見つめることは社会を見つめること」と語る法政大学の湯澤規子教授

「食を見つめることは社会を見つめること」と語る法政大学の湯澤規子教授

「おふくろの味」と聞いて何を思い浮かべるだろうか? いまやネガティブなイメージを持つ人も少なくないかもしれない。ツイッター発のポテサラ論争、ファミリーマートの「お母さん食堂」がリニューアル……。ジェンダー的な観点から、料理が炎上案件になることが増えている。「おふくろの味」という言葉は、2000年代に入り、メディアでの使用頻度が急激に減ったという。しかし、言葉は消えても、懐かしい味、美味しい料理を食べたいと願う人の心は変わらない。SNSには料理の写真が日々投稿され、芸能人の結婚会見では、得意料理についての質問が飛ぶ。

「おふくろの味」はなぜこれほど誰もが知る言葉、そして味となったのか。『「おふくろの味」幻想 誰が郷愁の味をつくったのか』(光文社新書)は、「おふくろの味」が生まれ、定着し、消えていった必然と偶然の歴史を明らかにする。食は社会の鏡。おふくろの味から見える社会の変遷、料理に託してきた私たちの願いと欲望について、法政大学の湯澤規子教授に伺った。

 * * *

郷土の味→家庭の味→男性が好む味 狭まっていった「おふくろの味」

──「おふくろの味」という言葉は知っていますが、具体的に何を指すのか……改めて考えると不思議な言葉です。

「おふくろの味」と聞いて何を思い浮かべますか、と10人に聞くと、10人とも答えが違うんです。その多様性に、人間らしさや社会が凝縮されているような気がして、このテーマで書いてみようと思いました。

 男性と女性という分け方は単純すぎるんですけど、あえて分けると、男性は懐かしさをイメージする人が多いです。一方女性は、ざわっとしたり、ちくっとしたり……、ネガティブなイメージを持っていたり、「呪縛」と考えている人も多いんですね。「おふくろの味」がどのように作り上げられてきたかを歴史的、客観的に解き明かすことで、そうした呪縛から自由になれるのでは、と考えました。

──そもそも「おふくろの味」はそれほど古い言葉ではなく、料理と関係ない「随筆」のタイトルとして登場した言葉です。そして料理本のタイトルとして増えるのは1970年代。主に「郷土料理」をあらわす言葉として使われました。

「おふくろの味」の概念にはいくつかのフェーズがあって、使われ始めたのは、高度経済成長期です。故郷を離れ、都会に出てくる人々が増えることで、「郷土料理」を懐かしんだり、都市に対抗する地域の味、季節の味を大切にしようという動きがみられるようになりました。土井勝さんは、このころ、料理に「持ち味」を活かそうという提案をされています。

──その後、核家族化が広がると、おふくろの味は家庭で作る「家庭料理」という色合いが濃くなっていきます。90年代になると、メディアによって、女性が<男性にアピールするための一つの道具や記号としても捉えられるようになっていった>。「おふくろの味」の含意が、どんどん狭まってきたと感じます。

 季節の味とか、土地の持ち味を活かそうといった議論はおいていかれて、「家庭」という狭い世界に閉じ込められていくようになりました。その裏には、70年代から80年にかけて、「家庭」が再定義されたという時代背景があります。お母さんが料理を作り、家族で食卓を囲む、という家庭の伝統的なイメージは、それほど昔からあったものではないのです。

 伝統と思われているものの歴史が実は浅いということはよくあって、この本に書きましたが、現在は当たり前と思われている「正月」や「おせち料理」も、60年くらいの歴史を背負っているにすぎません。伝統を考える際に歴史の軸を入れることは大切だと思います。どんな料理でも「この伝統の味を踏襲しなければいけない」と思いすぎなくていいんですね。

関連キーワード

関連記事

トピックス

自宅で亡くなっているのが見つかった中山美穂さん
【入浴中の不慮の事故、沈黙守るワイルド恋人】中山美穂さん、最後の交際相手は「9歳年下」「大好きな音楽活動でわかりあえる」一緒に立つはずだったビルボード
NEWSポストセブン
トンボをはじめとした生物分野への興味関心が強いそうだ(2023年9月、東京・港区。撮影/JMPA)
《倍率3倍を勝ち抜いた》悠仁さま「合格」の背景に“筑波チーム” 推薦書類を作成した校長も筑波大出身、筑附高に大学教員が続々
NEWSポストセブン
結婚披露宴での板野友美とヤクルト高橋奎二選手
板野友美&ヤクルト高橋奎二夫妻の結婚披露宴 村上宗隆選手や松本まりかなど豪華メンバーが大勢出席するも、AKB48“神7”は前田敦子のみ出席で再集結ならず
女性セブン
NBAロサンゼルス・レイカーズの試合を観戦した大谷翔平と真美子さん(NBA Japan公式Xより)
《大谷翔平がバスケ観戦デート》「話しやすい人だ…」真美子さん兄からも好印象 “LINEグループ”を活用して深まる交流
NEWSポストセブン
(時事通信フォト)
「服装がオードリー・ヘプバーンのパクリだ」尹錫悦大統領の美人妻・金建希氏の存在が政権のアキレス腱に 「韓国を整形の国だと広報するのか」との批判も
NEWSポストセブン
野球人・江夏豊が球界に伝えておくべきことを語り尽くす(撮影/太田真三)
【江夏豊インタビュー】若い才能のある選手のメジャー移籍は「大いに結構」「頑張ってこいよと後押ししたい」 もし大谷翔平と対戦するなら“こう抑える”
週刊ポスト
自宅で亡くなっているのが見つかった中山美穂さん
《私には帰る場所がない》ライブ前の入浴中に突然...中山美穂さん(享年54)が母子家庭で過ごした知られざる幼少期「台所の砂糖を食べて空腹をしのいだ」
NEWSポストセブン
亡くなった小倉智昭さん(時事通信フォト)
《小倉智昭さん死去》「でも結婚できてよかった」溺愛した菊川怜の離婚を見届け天国へ、“芸能界の父”失い憔悴「もっと一緒にいて欲しかった」
NEWSポストセブン
11月下旬に札幌ススキノにあるガールズバーで火災が発生(右はInstagramより)
【ススキノ・ガルバ爆発】「男は復縁の望みをまだ持っていた」火をつけた男は交際相手A子さんを巻き込んで死のうと…2匹の犬を失って凶行に
NEWSポストセブン
再婚
女子ゴルフ・古閑美保「42才でのおめでた再婚」していた お相手は“元夫の親友”、所属事務所も入籍と出産を認める
NEWSポストセブン
54歳という若さで天国に旅立った中山美穂さん
【入浴中に不慮の事故】「体の一部がもぎ取られる」「誰より会いたい」急逝・中山美穂さん(享年54)がSNSに心境を吐露していた“世界中の誰より愛した人”への想い
NEWSポストセブン
大谷翔平選手(時事通信フォト)と妻・真美子さん(富士通レッドウェーブ公式ブログより)
《真美子さんのバースデー》大谷翔平の “気を遣わせないプレゼント” 新妻の「実用的なものがいい」リクエストに…昨年は“1000億円超のサプライズ”
NEWSポストセブン