「ポテサラ事件」や、ファミリーマートの「お母さん食堂」リニューアルについても伺った
登場して即「定番」に メディアが作り上げた「肉じゃが」神話
──「肉じゃが」がおふくろの味の代表格になった背景も解き明かされています。一言で言えば、たいした根拠がないんですね……。
本当に不思議なんです(笑)。そもそも「肉じゃが」が昔からある料理ではないのに、80年代になると、突然、メディアが取り上げるようになり、「定番」になっていく。そういった当時の状況を、食文化研究家の魚柄仁之助さんが、<たった5年から10年くらいで急に懐かしの味になるというのもおかしな話>と皮肉たっぷりに書いています。メディアが作った巧みな物語によって、私たちの価値観や認識が容易に書き換えられていくことがある。その一例を、「肉じゃが」神話に見てとることができると思います。
ただ一つ、なるほどな、と思うことがあったんです。読者の方が教えてくださったんですが、1970年代に家庭科の調理実習で、「肉じゃが」を作ったそうなんですね。それを聞いて、教育の影響はあるかもしれないなと。学校の家庭科には、国が家庭をどう考えるか、という意図や企みが少なからず反映されるはずです。家庭科のなかで家庭料理をどう扱ってきたかは、今後考えてみたいテーマです。
──「おふくろの味」を冠した料理本は2000年代に入ると消滅します。働く女性が増え、ジェンダー意識が高まった時代の変化を感じる一方で、「おばあちゃんの味」「うちごはん」といった昨今のフレーズに、概念自体は継承されているようにも感じます。
働く女性が増え、女性に求められるものは変わってきているのに、「家庭」や「食卓」に求められるものはあまりにも変わらない。そのギャップが、女性を苦しめることになっている、ということも、この本で示したいことの一つでした。男性も料理をするようになったとは言われていますが、データを見る限り、日本で料理をしているのは圧倒的に女性です。
──スーパーで、ポテトサラダのお惣菜を買おうとしている子どもを連れた若い女性に、「母親なら、ポテトサラダぐらい作ったらどうだ」と高齢男性が言い放った──いわゆるポテサラ事件の根っこにも、料理は女性(母親)がするもの、という価値観がありますね。
あの事件も不思議で、じゃあ、マヨネーズは手作りしなくていいのかな……?と思ったりしました。マヨネーズやつゆのもとなど、市販の調味料が家庭に定着するのは80年代で、それ以前は、マヨネーズも手作りする家庭もあったわけです。
このポテサラ事件もそうですし、ファミリーマートの「お母さん食堂」というネーミングに批判が集まり、「ファミマル」に転換したことにもいえますが、料理に求めるものや料理に対する価値観は、性別、世代、そして個人によって大きな乖離があります。ですから炎上して終わるのではなく、その乖離をみなで議論することも大切だと思います。