そうした状況にさらされ続ければ、やがて「怒り方」もわからなくなる。
「知識がなければ、そして自分の権利が侵されているという自覚がなくなれば、怒ることはできません。亭主の機嫌をうかがって、日々暮らしていかなければならないとしたら、愚痴は出ても怒りを発露することはできなくなる。私はそんな状態は、衣食住は足りているかもしれないけれど、人間としての尊厳はまったくないと思います」
取材中、本誌『女性セブン』記者に「あなたはどう思うの?」と何度も尋ねながら、いかに女性の怒りが抑圧されてきたかを熱心に説いた田嶋さん。逆風にさらされながら「個」を貫いた彼女はいま、時代の微かな変化を感じている。
「会社における女性の昇進や家事育児の分担などまだまだ不充分な面は多いですが、新聞でもジェンダーやLGBTの問題を取り上げるようになったし、女性が活躍する場も昔に比べて広がりました。この30年で、女性の能力が素晴らしいことが十二分に証明された。“怒る女”として嫌われた私が、女が怒ることの正当性についての取材を受けるようになったのも、昔ならあり得ないことです」
実際に田嶋さんを“再評価”する声は高まっており、柚木麻子さん(41才)や山内マリコさん(42才)ら若手女性作家が「We Love 田嶋陽子!」と銘打って一冊丸ごと田嶋陽子特集を組んだ雑誌を出版したり、田嶋さんの著書『愛という名の支配』や『ヒロインは、なぜ殺されるのか』が相次いで復刊されるなど、30年にわたって怒りを表明し続けてきた結果が、いまに続いている。
怒りをめぐる地殻変動は文学の世界でも見られる。朝日新聞社の本の紹介サイト「好書好日」編集長の加藤修さんが解説する。
「2000年代以降、劣悪な労働環境であったり、賃金が上がらない現実だったり、目の前で起きていることに向き合い、きちんと地に足をつけて怒っている小説が増えたと感じています。また、日本の文学の中にはまだ直接的に女性の怒りを描いた作品は少ないですが、家父長制が長く、女性が虐げられてきた韓国では、多くの女性作家が自国の風潮に怒りの声を上げています。
韓国内でも女性が置かれたジェンダー的な不平等に対する怒りが描かれた作品が広く読まれ、最近では、チョ・ナムジュ著の『82年生まれ、キム・ジヨン』が爆発的に売れて映画化されました」
特筆すべきは、そうした韓国文学を日本の女性が強く支持していることだ。韓国で136万部の売り上げを記録した『82年生まれ、キム・ジヨン』は日本でも23万部のベストセラーとなっている。
「いまの外国文学は韓国文学の翻訳数の多さが飛び抜け、多くの日本人女性が韓国の小説を愛読しています。彼女たちは、国内で自分が置かれた状況や環境に何かしらの違和感や理不尽さを覚えているから、韓国の女性作家が抱く怒りに共感できるのでしょう。そうした文学を通して感じる怒りは、決して無駄な感情ではなく、人々の意識を変え、社会の在り方も変えうる起爆剤になることに、多くの人が気がつき始めているのではないかと思います」(加藤さん)
※女性セブン2023年4月20日号