史上最年少で六冠を達成した藤井聡太竜王(時事通信フォト)
なぜ「藤沢家」が営んでいるのに「藤井荘」なのか?
注目される名人戦の開催ともなれば、地域振興にもつながりうる。東京出身の藤沢社長が藤井荘に嫁いだのは30年ほど前のことで、温泉街はまだバブル期の団体旅行客で活気に溢れていた。連日のように大型バスで多くの観光客が山田温泉を訪れていた。藤沢社長が続ける。
「しかし、バブル崩壊やリーマンショックなどで景気が冷え込み、年々賑わいがなくなっていました。そうしたなかで、名人戦開催が地域振興にもつながればと思っています。今回の名人戦の対局者は、渡辺名人と藤井竜王という将棋界でも大変人気の高いお二人です。事前の盛り上がりはかなりのもので、藤井荘は開催中の3日間は貸し切りになりますが、山田温泉の他の旅館はすでにその期間の予約がかなり入っていると聞いています。藤井竜王もインタビューで〈「藤井荘は」……私も藤井なので気になっています(笑)〉(4月3日付、朝日新聞)と言及してくださり、私はさらに親近感を抱いております。お越しいただけるのが楽しみです」
対局会場は前回2021年と同じ、12.5畳の和室「椿」となる。対局が予定される5月末は新緑の美しい季節で、「部屋からは松川渓谷の新緑が目の前に広がり、聞こえるのは川のせせらぎのみという環境になる」(藤沢社長)という。
気になるのは、藤井竜王の名字と重なる「藤井荘」という旅館の名前の由来である。藤沢社長はこう説明する。
「『藤沢家が営んでいるのに、なぜ藤井荘なの?』とよく聞かれます。私も嫁いだ後に主人に聞いたことがあるのですが、2つの説があるそうです。ひとつ目は、その昔、水が大変貴重であった頃に井戸の周りに人が集まることから、藤沢ではなく藤『井』荘にしたという説。あとは、藤沢家に井沢姓の女性が嫁いできて、井沢家が大変裕福であったことから両家の名前をとって『藤』『井』荘にしたというのがふたつ目の説です」
「藤井家」が営んでいるわけではないにもかかわらず、何らかの理由で「藤井荘」という名になったところに、関係者が縁を感じるのは自然なことかもしれない。
ただ、名人戦は7番勝負であり、渡辺名人か藤井竜王の4連勝で幕を下ろすと、藤井荘での開催はなくなってしまうことになる。その可能性について藤沢社長に聞くと、明るい声でこう応じるのだった。
「もちろんその可能性はあるんですが、村の関係者の間では『弱気になってはダメだ。第5局は絶対に行なわれる』と声を掛け合い、それを信じて疑っていません(笑)」
渡辺名人の4連覇か、藤井竜王の史上最年少七冠か。目が離せないシリーズが幕を開けた。
※週刊ポスト2023年4月21日号
