イタリア出身の翻訳者・文筆家のイザベラ・ディオニシオさん

日本語とイタリア語の違いとは……

日本語は「動詞の時制が少ない」

「驚いたこともいっぱいあります。日本語は名詞に男性・女性の区別がないのに、どうやって会話するんだろう?と思いましたし、最初の頃、『えっ、そうなの?』と思ったのは、単数・複数をその都度はっきりさせるわけじゃないということ。たとえば『あの公園に猫がいて』と言う時、1匹なのか何匹もいるのか、その文からは分からない。そのあとの内容で分かる。最初は不可解というか、慣れなくて、何にでも『たち』を付けたくてたまらない時期がありました(笑)」

 日本語を外から見ることのできる、こういうトピックを聞くのは楽しい。他にはどんな気付きがあったのだろう。

「『本を読んでいる時、電話が鳴った』という文の『読んでいる』は過去形じゃないけれど、後ろの動詞が『鳴った』になっているので、この文全体で過去の話だと分かります。本を読んでいるのも過去なのに、動詞が過去形にならない。日本語のこういうところも驚きでした。

 イタリア語は、動詞の形がたくさんあるんです。近過去、半過去、大過去、遠過去。それが一人称、二人称、三人称でも変わるし、直説法、間接法、条件法でも変化します。さっきの『本を読んでいるとき、電話が鳴った』という文だったら、『本を読む』と『電話が鳴る』は、違う過去。本を読むのは時間的に長く続いている過去で、電話が鳴るのはその中に一瞬だけ入って来た過去。半過去と近過去のコンビネーションになるんです」

 ……イタリア語、難しそうだ。でも、時間を細部まで表現できるってすごい。

「動詞の形で、自分がどう思っているかも表現できるんですよ。たとえば『どこかに行った』という事実をひとつ言う時だけでも、動詞の選び方によって、たとえば『実は行きたくなかったんだよね』という気持ちを含ませることができます」

行為に対する気持ちも表現できるのか!

 もちろん日本語も「行ったけど」「行ったものの」「行ったのに」「行ったとはいえ」のように、くっつける言葉によってニュアンスを変えることはできる。でも動詞の形そのものは変わらない。言語の「性格の違い」は、知れば知るほどわくわくする。

「日本語の独特な感覚は『~かしら』『~でしょう』『~なの』みたいな、特徴的な語尾にも表れていると思います。この部分はイタリア語ではなかなか再現できないですね。でも、だからこそすごく面白いと感じます。それぞれの言語特有の概念が、表現に対する新しい見方を教えてくれるから。

 たとえ母語であっても、考えていることを完全に伝えるのはすごく難しい。イタリア語では言えないけど日本語では言えることもあるし、その逆もある。パターンをたくさん知ると、自分の世界が内側からどんどん広がっていくし、心も豊かになるような気がします。外国語を勉強する楽しさは、それに尽きるんじゃないかな」

第3回に続く第1回から読む

【プロフィール】イザベラ・ディオニシオ/1980年生まれ、イタリア出身。ヴェネツィア大学で日本語を学び、2005年に来日。お茶の水女子大学大学院修士課程(比較社会文化学日本語日本文学コース)修了後、現在まで日本でイタリア語・英語翻訳者および翻訳プロジェクトマネージャーとして活躍。

◆取材・文 北村浩子(きたむら・ひろこ)/日本語教師、ライター。FMヨコハマにて20年以上ニュースを担当し、本紹介番組「books A to Z」では2千冊近くの作品を取り上げた。雑誌に書評や著者インタビューを多数寄稿。

関連記事

トピックス

昭和館を訪問された天皇皇后両陛下と長女・愛子さま(2025年12月21日、撮影/JMPA)
天皇ご一家が戦後80年写真展へ 哀悼のお気持ちが伝わるグレーのリンクコーデ 愛子さまのジャケット着回しに「参考になる」の声も
NEWSポストセブン
訃報が報じられた、“ジャンボ尾崎”こと尾崎将司さん(時事通信フォト)
《ジャンボ尾崎さん死去》伝説の“習志野ホワイトハウス豪邸”にランボルギーニ、名刀18振り、“ゴルフ界のスター”が貫いた規格外の美学
NEWSポストセブン
西東京の「親子4人死亡事件」に新展開が──(時事通信フォト)
《西東京市・親子4人心中》「奥さんは茶髪っぽい方で、美人なお母さん」「12月から配達が止まっていた」母親名義マンションのクローゼットから別の遺体……ナゾ深まる“だんらん家族”を襲った悲劇
NEWSポストセブン
シーズンオフを家族で過ごしている大谷翔平(左・時事通信フォト)
《お揃いのグラサンコーデ》大谷翔平と真美子さんがハワイで“ペアルックファミリーデート”、目撃者がSNS投稿「コーヒーを買ってたら…」
NEWSポストセブン
愛子さまのドレスアップ姿が話題に(共同通信社)
《天皇家のクリスマスコーデ》愛子さまがバレエ鑑賞で“圧巻のドレスアップ姿”披露、赤色のリンクコーデに表れた「ご家族のあたたかな絆」
NEWSポストセブン
1年時に8区の区間新記録を叩き出した大塚正美選手は、翌年は“花の2区”を走ると予想されていたが……(写真は1983年第59回大会で2区を走った大塚選手)
箱根駅伝で古豪・日体大を支えた名ランナー「大塚正美伝説」〈3〉元祖“山の大魔神”の記録に挑む5区への出走は「自ら志願した」
週刊ポスト
12月中旬にSNSで拡散された、秋篠宮さまのお姿を捉えた動画が波紋を広げている(時事通信フォト)
〈タバコに似ているとの声〉宮内庁が加湿器と回答したのに…秋篠宮さま“車内モクモク”騒動に相次ぐ指摘 ご一家で「体調不良」続いて“厳重な対策”か
硫黄島守備隊指揮官の栗林忠道・陸軍大将(写真/AFLO)
《戦後80年特別企画》軍事・歴史のプロ16人が評価した旧日本軍「最高の軍人」ランキング 1位に選出されたのは硫黄島守備隊指揮官の栗林忠道・陸軍大将
週刊ポスト
米倉涼子の“バタバタ”が年を越しそうだ
《米倉涼子の自宅マンションにメディア集結の“真相”》恋人ダンサーの教室には「取材お断り」の張り紙が…捜査関係者は「年が明けてもバタバタ」との見立て
NEWSポストセブン
死体遺棄・損壊の容疑がかかっている小原麗容疑者(店舗ホームページより。現在は削除済み)
「人形かと思ったら赤ちゃんだった」地雷系メイクの“嬢” 小原麗容疑者が乳児遺体を切断し冷凍庫へ…6か月以上も犯行がバレなかったわけ 《錦糸町・乳児遺棄事件》
NEWSポストセブン
11月27日、映画『ペリリュー 楽園のゲルニカ』を鑑賞した愛子さま(時事通信フォト)
愛子さま「公務で使った年季が入ったバッグ」は雅子さまの“おさがり”か これまでも母娘でアクセサリーや小物を共有
NEWSポストセブン
ネックレスを着けた大谷がハワイの不動産関係者の投稿に(共同通信)
《ハワイでネックレスを合わせて》大谷翔平の“垢抜け”は「真美子さんとの出会い」以降に…オフシーズンに目撃された「さりげないオシャレ」
NEWSポストセブン