ノンフィクション作家の稲泉連さん

稲泉さんが生まれた1970年代後半は、まだサーカスの人気は高かった

「長くいると出られなくなってしまうんだ」

 最盛期には全国に30ほどあったサーカス団も、高度成長以降、その数は徐々に減っていった。それでも稲泉さんが生まれた1970年代の後半は、まだサーカス人気は高く、キグレサーカスも場所によっては連日の満員を記録したという。東京の後楽園球場での3日連続公演を成功させたのもこの時期だった。親子でキグレサーカスのテントに飛び込んだのはその少し後だ。
 
 一生いられる場所ではない。多くの関係者がそう感じていたのかもしれない。稲泉さんの母も1年弱でサーカスでの生活にピリオドを打つことを決意する。息子の「れんれん」が小学校に上がるタイミングが近づいた頃だった。

「母は炊事係として働いたのですが、炊事場の上司であるおたみさんに、『あなたはずっとここにいてはいけない。長くいると出られなくなってしまうんだ』って言われたのだそうです」

『サーカスの子』の中でも、このエピソードが詳述されている。ここを読んだとき、私はひどく考えさせられた。サーカスのテント生活に飛び込むのもそうだが、出ていくのにも勇気がいる。もし今いる場所から、すっぱり移り暮らすことになったとしたら、自分はきちんと生活を続けて行くことができるだろうか。

「母も昔よく言ってました。サーカスを出たあとしばらくの間、どうしていいか分からなかったって」

 かつて大衆娯楽の真ん中にあったサーカスも、少しずつその力を失って行った。キグレサーカスは2010年の盛岡公演を最後に廃業した。

 それでも稲泉さんの中にキグレサーカスは生きている。大テントの中の風景や匂い、音、浮かび上がる感情、それらが本当にあったことなのか、それとも記憶の中だけのものなのか、判然としない「あわいのある場所」として存在しているのだ。

 いくつかの止むに止まれぬ理由が重なって、短い期間ではあるが、母はサーカスでの暮らしを選んだ。生活のためにそうせざるを得なかったと、稲泉さんはなんとなく思っていたらしい。でも、他にもこんな理由があった。

「僕が大学を卒業して、社会に出たころに、母がこんなことを言ったんです。『小学校に上がる前のあなたに子供らしい時間をプレゼントしたかった』と」

 プレゼントは、今でも大切に保管されているようだ。

●取材・文/末並俊司(ジャーナリスト)

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