湯川氏の次兄・湯野川守正氏。1945年3月、宇佐基地にて。当時大尉
「戦争は悪い」の先を書く
神立:これまで多くの元軍人やご遺族の方にお話を聞いてきましたが、終戦のとき20歳だった人でも、現在は98歳になります。元零戦パイロットでご存命の106歳の方もいらっしゃいますが、今後新しい取材というのはなかなか難しい。これまでお聞きしたことをさらに掘り起こす作業に移らねばと思っています。
湯川:戦争を知る世代が、次々と鬼籍に入っていますからね。
神立:夫を戦争で亡くした女性が戦後に再婚するケースは多いのですが、戦後60年を経過したくらいから、その再婚相手が亡くなったのを機に慰霊祭に参加する女性も多いんです。「やっと最初の夫のお参りができます」と。再婚相手の方には気の毒ですが、そういう感情をずっと抱えてきた女性も多いことを知り、感慨深かったです。
湯川:戦後、次兄が自衛隊に戻るんですが、私と母は大反対しました。そのとき、次兄は「戦争は戦争の悲惨さ、戦争をすることがいかに間違いかということを体験した人間にしか止められないんだ」と言ったんです。それは本当にそうだろうと思いますね。
神立:最前線で何人もの部下を失った人にしか言えない言葉の重みがありますね。特攻隊員の生き残りの中には、指揮した人間が許せないと言って恨む人もいます。
湯川:次兄は「傷のないやつ、瑕疵がないやつが組織のトップになるが、それが間違いのもとだ」と言っていました。失敗の経験がないから、何度も同じ間違いを犯すことになる。これはいまの日本の政治を見ていても思うことです。
神立:特攻もそうですが、平和なときなら絶対にありえない愚かな行為に人を駆り立てるのが戦争ですからね。
湯川:私がいつも思い出すのはジョン・レノンとオノ・ヨーコさんの言葉。湾岸戦争とか、世界で戦乱が起きるたびにメッセージを出してってお願いをしたのですが、返ってくるのは「War is over, if you want it」だけ。ほかのフレーズを出してって言っても絶対に出てこないんです。結局、一人ひとりが戦争を終わらせようと考えない限り戦争はなくならない――彼女たちは、あの段階からわかっていたんですよね。
神立:もはや「戦争は悪い」なんていうのは決まりきったことなので、これからは「こういう人がこういう人生を歩んだんだよ」という描写を通じて、淡々と人の心の奥に訴えていくような、後の世代にも伝わるような本を書いていければと思っています。
湯川:ありがとうございます。音楽も平和な場所でしか存在しない。だからこそ、これからも戦争体験者の志を引き継ぎ、伝え続けていけるよう、私も頑張ろうと思います。私はちょっと年を取り過ぎちゃったけど(笑)。
(了。前編から読む)
【プロフィール】
湯川れい子(ゆかわ・れいこ)/1936年、東京都生まれ。1959年、ジャズ専門誌『スイングジャーナル』への投稿が評判を呼び、ジャズ評論家としてデビュー。早くからエルヴィス・プレスリーやビートルズを日本に広め、現在も独自の視点で国内外の音楽シーンを紹介し続けている。作詞家としても多くのヒット曲を手がけ、訳詞、翻訳家としても活躍。
神立尚紀(こうだち・なおき)/1963年、大阪府生まれ。1995年、戦後50年を機に戦争体験者の取材を始め、これまでインタビューした旧軍人、遺族は500人を超える。『祖父たちの零戦』、『特攻の真意 大西瀧治郎はなぜ「特攻」を命じたのか』など著書多数。NHK朝ドラ『おひさま』の軍事指導など映像作品の考証、監修も手がけている。
※週刊ポスト2023年8月18・25日号