JR垂水(たるみ)駅から山手へ坂を上って10分ほど。赤い大きな庇が目印の『フジワラ酒店』の角打ちでは、1本の長いカウンターに客らが所狭しと並んでいる。店主は3代目の藤原彰義さん(85歳)。妻の聖子(きよこ)さん(83歳)と娘の淑美(よしみ)さん(58歳)が共に店を切り盛りする。
「お客さんがえらい早うから来て待ってはるんです。開店は15時やゆーてるのに、お客さんが来るから、自然と14時に早まったんよ」と話す聖子さん。
「ここは敷居が低い。ご主人と奥さんの人柄やな。家庭の味を食べたぁなった垂水の“遊び人”がズラリや(笑い)」とひとっ風呂浴びてから来た70代の常連が笑いながら返答した。
聖子さんは、表の酒屋を朝8時に開けた後、「これが趣味やわ」という食材の買い出しに行く。作るのは毎日5品。商店を回って今日の献立を考える。
「キャベツや大根みたいな重たいのは娘に買うてきてもらうけどな。大雑把で出鱈目な料理やけど、美味しいゆーてくれる人がおるから嬉しいわ。毎日通うてくれる人がおるから献立は日々変えなあかんやろ?私は角打ちをやるために生きているの(笑い)」
娘の淑美さんが中学生になってから約10年間は、角打ちを閉めていた。「娘の思春期と角打ちの両立はさすがに難しいと思うたからね」(聖子さん)。淑美さんが結婚した平成元年から再開。今では、淑美さんも手伝うようになった。
「毎日、母が元気に過ごしてくれるのは角打ちのおかげなんです」(淑美さん)
取材の日のカウンターも混んでいた。理由を聞くと常連(70代)は「この店はな、どんだけ混んでいても、扉が開いたら、誰かが『ここ空いとる、ひとり入れるから、入りぃ~』ゆーねん。みんながちょーっとずつ詰めて、新しい人がスッポリ入る。だからずっと満席やねん(笑い)」と教えてくれた。
聖子さんも客も、この店はみんなが優しい。
「あの人がいちばんお酒強いで」と教えてもらったのは、常連の中で最高齢の83歳(元仕立て屋)の男性だ。
「若いころから酒が好きでな、休みの日ぃは、灘の酒蔵めぐりをようしよったね。色んな店で飲んできたけど、最後はここや。震災(阪神・淡路大震災)前から来るようになって、今は週3日か4日や。生きてるといろいろあるけど、どっこい僕の人生、ここがあるから幸せ。立ち飲みがしんどいかって? しんどくないよ。子供の頃から叱られて、よう廊下に立たされてたから立つのは慣れとるんや(笑い)