タイ・バンコクで、日本人詐欺グループとみられる男らの拠点を捜索する警官[タイ警察提供]。繁華街ではなく住宅街のなかだった。2022年12月(時事通信フォト)
アジトの86%が駅から徒歩10分圏内
表通りに面した雑居ビルは入り口が広く、大きな窓から通りが見える。周りには店が立ち並び、人通りも多い。行き交う人は、以前そこで特殊詐欺が行われていたなど想像もできないだろう。最寄り駅からわずか徒歩2分という立地の良さに加え、所轄の警察署からも近く、数百メートル先には交番があり、通りを挟んだ向こうには警視庁の分室が入っていたビルが見えた。まさに”灯台下暗し”である。
警視庁犯罪抑止対策本部が2015年に発表した特殊詐欺のアジトに関する分析では、アジトの86%が駅から徒歩10分圏内に所在していたとされている。その年の1月から10月末までの間、摘発した都内の特殊詐欺アジト29か所を分析したものだ。さらに最寄り駅から400メートル以内、徒歩5分圏内にあったアジトは12.41%になる。闇バイトを雇うにしても駅から近ければ都合がよいが、警察に目をつけられたり、何らかのトラブルが起きた時、すぐに逃げ出し、駅に駆け込めるというメリットもあったのだろう。
分析結果によると、アジト周辺の立地状況は住宅街が45%で繁華街は17%。その場所は表通りには飲食店や大きなオフィスビルが立ち、一本裏手に入ると住宅が並ぶという場所で、人目につきにくい。建物の種類では41%が比較的大きなマンションに入居し、雑居ビルは11.38%だ。アジトに使われるのは4階から9階の中層階が62%に上るが、今回私が案内されたアジトがあったのは低層のビルの2階の角部屋。分析結果によるとアジトには角部屋や1フロア1室の部屋が好まれるらしい。物件の築年数は38%が築21年から30年。新築のビルが避けられるのは、入居審査が厳しく家賃も高い上に、管理人が在中、防犯カメラやオートロックという特殊詐欺グループにとってはありがたくない防犯設備が整っている物件が多いからだ。案内された雑居ビルも古いビルで、オートロックも防犯カメラもなく、もちろん管理人はなし。分析結果と同じである。
驚いたのはその立地だけではなかった。暴力団が絡んでいれば、シマという問題が生じる。他の暴力団事務所が近隣のどこにあるか、どこのシマかを把握しているのはわかる。だが元組員は「ここにはあそこの分室があって、しばらくいったあのビルには違う分室が入っていた」と、その周辺に点在していた警視庁の分室の位置を把握していた。特殊詐欺取締りのための分室ではなく、そこにいる捜査員らがガサ入れに来ることはないが、万が一に備えて把握していたのだろう。
誰がいつ特殊詐欺に騙され被害者になるかわからない。知らないうちに特殊詐欺グループは、すぐ近くにいるかもしれない。