笑顔で撮影に応じる米長(左)と森保秀光(1983年、43期棋聖戦)
米長さんには独特の話術があり、それは膨大な読書量に裏打ちされたものだった。
あるとき、株に凝っていた米長さんに僕はこう聞いてみた。
「ヨネさん、梶山季之の『赤いダイヤ』って読んだことある?」
『赤いダイヤ』は小豆の先物取引を題材にした小説で、相場に詳しい人たちの間で話題になった作品だった。
すると米長さんは「もちろん読んでいる」と言ったうえで、逆にこんなことを教えてくれた。
「小豆相場に関する作品で面白かったのは、松本清張の『告訴せず』だね」
小説だけではない。古今東西における古典や文芸、教養書を読破しており、将棋の研究と酒の付き合いで忙しいはずの米長さんが、どうしてそこまで本に詳しいのか、僕には分からなかった。
それでいてユーモアも兼ね備えていた。僕が胆石で入院したとき、米長さんが病院まで見舞いにきてくれたことがある。
「はい、これ」
手渡された小さな封筒には、手書きで「気つけ薬」と書いてある。何だろうと思って中を見ると10万円の現金が入っていた。僕にはたくさんの棋士の友人がいたが、そんな面白い仕掛けを演出できるのは、後にも先にも米長さんだけだった。
入院した筆者に「気つけ薬」を渡した米長
いまだ墓前に立たず
1988年、新設された第1期竜王戦の七番勝負で米長さんが島朗・七段と対戦したとき、島さんがアルマーニのスーツで対局に臨んだことが話題になった。将棋界の常識は「タイトル戦は羽織袴」である。
僕が米長さんの控室に様子を見に行くと、米長さんは僕を招き入れ、壁際を指さしてこう言った。
「ツルさん、あれを見てよ」