26期王位戦。王位・加藤一二三(右)と挑戦者・髙橋道雄の激闘(1985年)
通常、教会内での撮影は簡単には許可が下りないということだったが、加藤さんが熱心に交渉してくれたおかげで、僕は祈りを捧げる加藤さんの姿を撮影することができた。
タレントになったいまでこそサービス精神旺盛な印象はあるが、実は加藤さんは他の棋士と違い、たとえば食事中やプライベートな時間の撮影に応じてくれることはなかった。しかしこのときに撮影に協力してくれたのは、自分の信仰心をより多くの人に知ってもらいたいという、宗教人としての信念だったと理解している。
加藤さんは僕らと一緒に夜に飲み歩くようなタイプの棋士ではなかったため、個人的に深い付き合いがあったわけではない。しかし僕の写真を高く評価してくれて、「どうしても弦巻さんにお願いしたい」と息子さんの結婚式の写真を頼まれたこともある。
引き受けると、家族思いの加藤さんは大変喜び、僕に寿司屋でごちそうしてくれたうえに、カトリックの総本山であるバチカンでしか売っていないという十字架の付いた高級酒までお土産に持たせてくれた。
加藤さんがあれだけ長く現役生活を続けることができたのは、自分の全精力を将棋に集中させ続けた本人の節制と、家族の支えがあってのことだったと思う。
※弦巻勝『将棋カメラマン 大山康晴から藤井聡太まで「名棋士の素顔」』より一部抜粋・再構成
【プロフィール】
弦巻勝(つるまき・まさる)/1949年、東京都生まれ。日本写真専門学校を卒業後、総合週刊誌のカメラマンに。1970年代から将棋界の撮影を始め、『近代将棋』『将棋世界』など将棋専門誌の撮影を担当する。大山康晴、升田幸三の時代から中原誠、米長邦雄、谷川浩司、羽生善治、そして藤井聡太まで、半世紀にわたってスター棋士たちを撮影した。“閉鎖的”だった将棋界の奥深くに入り込み、多くの棋士たちと交流。対局風景だけでなく、棋士たちのプライベートな素顔を写真に収めてきた。日本写真家協会会員。
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