さらに記事は、〈日本軍は最も激烈なる戰鬪に得意なりと云ふの外、今次の戰爭に於ける、周密なる獨逸の努力に對しても、之に打勝つの素質を有することを證するに足る〉と続けている。「日本軍と言えば、日露戦争における旅順攻防戦のように激しい戦闘にはとくに強いという定評があったが、今回青島要塞攻防戦においては精密な作戦を立案し実行する能力もあることを証明した」ということだ。

 これも神尾戦略に対する高い評価と言っていいだろう。神尾戦略については『ウエストミンスター・ガゼツト』紙も、〈日英兩軍は、稱揚すべき思慮分別を用ひて青島麭圍を行へり。即ち無益に士卒を犧牲とすることなく(中略)其明晰なる頭腦を以て頗る巧みなる攻圍戰を行ひ、終に獨逸に重大なる打を與へたり〉と述べている。

 そして今後の日本の採るべき道については、『マンチエスター・ガーヂアン』紙が、〈日本が戰後之(=占領した膠州湾。引用者註)を支那に還附して、其對支政策に對する支那一般人心の疑惑を氷解せしむるならんと信ず〉と述べているのが注目される。「信ず」とあるのは、これが論理的予測であるというよりは希望的観測つまり「こうあって欲しい」であるからだろう。

 だが、日本はさまざまな理由により、その道を行かなかった。「何故そうしたか」というのがこれから先の重要なテーマだが、ここではこの時点で「同盟国」イギリスは中国への無条件での膠州湾返却を望んでおり、その期待を日本は結果的に「裏切る」ことになっていくことを認識しておいていただきたい。

 続いて露西亜(ロシア)だ。日本の同盟国イギリスと違って、日露戦争で中国の利権を取られたロシアにとって、日本の勝利は愉快では無い。だから神尾戦略に対する絶賛などの評価は無いが、それでもこの勝利がなにを意味するかについては客観的に正確に報じている。

『ダリヨカヤ・オクライナ』紙は、青島陥落を〈即ち獨逸の太平洋沿岸に於る最大有力なる根據地の喪失にして、是れ單に軍事上に止まらず、國際政局上最も重大なる價値を有せり。之を以て獨逸は極東に殖民地を領有する列強の仲間より永久に抹殺せられたり〉と述べている。他の露紙もこの点を強調している。感情的には不愉快で日本を褒める気にはならないが、ドイツという強力なライバルが没落したという事実は事実として正確に報道するということだろう。それはロシアにとっての国益でもあるからだ。

 米国(アメリカ)はどうだろう? 『紐育(ニューヨーク)タイムス』紙は、むしろドイツに同情的である。たしかに青島陥落自体については〈カイゼル(=ドイツ皇帝ヴィルヘルム2世。引用者註)は、之に依つて極東に於ける根據地を失ひ、日本軍は正しく此大戰に於ける最初的勝利を得たる名譽を博したるなり〉と客観的な評価をしているものの、神尾戦略に対する評価は一切無く、逆に〈獨軍の抵抗は遖れ剛勇を示したりき〉と高く評価している。

 具体的には、〈彼等は、膠州灣に於て、佛蘭西に白耳義に、將述波蘭に戰ひし如く戰ひたり。而して、彼等は其征服者に炮臺の小部分を渡せるのみ。海陸の攻撃軍に威嚇せられざりし炮臺は、防禦軍に爆破され、犹港内の軍艦も破壞せられしとの報あり〉としている。大砲など退却の際に持って逃げられないものは、敵軍に利用されないように破壊するのが戦場の常識であり、軍艦も同様である。

 したがって、これらの行為は剛勇であったことの証拠にはならない。そして実際には、ドイツ軍が大陸における長い歴史のなかでフランスやベルギーやポーランドと戦ったように勇猛に戦ったという事実は一切無かった。実際には完璧に包囲され、日本軍の猛攻の前にわずか一週間程度で降伏した。とても「あっぱれ!」と言えるような状況では無かった。

 前に『東京朝日新聞』に転載されたアメリカの「ブレース記者(ファーストネームは不明)」の記事を紹介したが、この記事も要塞籠城中のドイツ兵は意気軒昂だったように書いており、私はこの記者が能力に欠けるためそう書いたと思っていたが、ニューヨークタイムスまで同じ書き方をするところを見ると、そうではないようだ。つまり、アメリカの新聞がドイツ軍の勇猛さだけを一方的に強調し、それを叩きのめした神尾戦略をまったく評価の対象にしていないのは、根底に共通する理由があるということである。

(第1397回に続く)

【プロフィール】
井沢元彦(いざわ・もとひこ)/作家。1954年愛知県生まれ。早稲田大学法学部卒。TBS報道局記者時代の1980年に、『猿丸幻視行』で第26回江戸川乱歩賞を受賞、歴史推理小説に独自の世界を拓く。本連載をまとめた『逆説の日本史』シリーズのほか、『天皇になろうとした将軍』『「言霊の国」解体新書』など著書多数。現在は執筆活動以外にも活躍の場を広げ、YouTubeチャンネル「井沢元彦の逆説チャンネル」にて動画コンテンツも無料配信中。

※週刊ポスト2023年10月27日・11月3日号

関連キーワード

関連記事

トピックス

「第65回海外日系人大会」に出席された秋篠宮ご夫妻(2025年9月17日、撮影/小倉雄一郎)
《パールで華やかさも》紀子さま、色とデザインで秋を“演出”するワンピースをお召しに 日系人らとご交流
NEWSポストセブン
立場を利用し犯行を行なっていた(本人Xより)
【未成年アイドルにわいせつ行為】〈メンバーがみんなから愛されてて嬉しい〉芸能プロデューサー・鳥丸寛士容疑者の蛮行「“写真撮影”と偽ってホテルに呼び出し」
NEWSポストセブン
2024年末、福岡県北九州市のファストフード店で中学生2人を殺傷したとして平原政徳容疑者が逮捕された(容疑者の高校時代の卒業アルバム/容疑者の自宅)
「軍歌や歌謡曲を大声で歌っていた…」平原政徳容疑者、鑑定留置の結果は“心神耗弱”状態 近隣住民が見ていた素行「スピーカーを通して叫ぶ」【九州・女子中学生刺殺】
NEWSポストセブン
佳子さまを撮影した動画がXで話題になっている(時事通信フォト)
《佳子さまどアップ動画が話題》「『まぶしい』とか『神々しい』という印象」撮影者が振り返る “お声がけの衝撃”「手を伸ばせば届く距離」
NEWSポストセブン
個別指導塾「スクールIE」の元教室長・石田親一容疑者(左/共同通信、右/公式サイトより※現在は削除済み)
《“やる気スイッチ”塾でわいせつ行為》「バカ息子です」母親が明かした、3浪、大学中退、27歳で婚約破棄…わいせつ塾講師(45)が味わった“大きな挫折
NEWSポストセブン
池田被告と事故現場
《飲酒運転で19歳の女性受験生が死亡》懲役12年に遺族は「短すぎる…」容疑者男性(35)は「学校で目立つ存在」「BARでマジック披露」父親が語っていた“息子の素顔”
NEWSポストセブン
個別指導塾「スクールIE」の元教室長・石田親一容疑者(公式サイトより※現在は削除済み)
《15歳女子生徒にわいせつ》「普段から仲いいからやっちゃった」「エスカレートした」“やる気スイッチ”塾講師・石田親一容疑者が母親にしていた“トンデモ言い訳”
NEWSポストセブン
9月6日に悠仁さまの「成年式」が執り行われた(時事通信フォト)
【なぜこの写真が…!?】悠仁さま「成年式」めぐりフジテレビの解禁前写真“フライング放送”事件 スタッフの伝達ミスか 宮内庁とフジは「回答は控える」とコメント
週刊ポスト
交際が報じられた赤西仁と広瀬アリス
《赤西仁と広瀬アリスの海外デートを目撃》黒木メイサと5年間暮らした「ハワイ」で過ごす2人の“本気度”
NEWSポストセブン
世界選手権東京大会を観戦される佳子さまと悠仁さま(2025年9月16日、写真/時事通信フォト)
《世界陸上観戦でもご着用》佳子さま、お気に入りの水玉ワンピースの着回し術 青ジャケットとの合わせも定番
NEWSポストセブン
秋場所
「こんなことは初めてです…」秋場所の西花道に「溜席の着物美人」が登場! 薄手の着物になった理由は厳しい暑さと本人が明かす「汗が止まりませんでした」
NEWSポストセブン
和紙で作られたイヤリングをお召しに(2025年9月14日、撮影/JMPA)
《スカートは9万9000円》佳子さま、セットアップをバラした見事な“着回しコーデ” 2日連続で2000円台の地元産イヤリングもお召しに 
NEWSポストセブン