そこへ第一次世界大戦が始まり、大方の予想どおり日本は参戦した。言うまでも無く戦争は勝つ場合と負ける場合がある。日露戦争の場合はどちらに転ぶかわからなかったのだが、この世界大戦では日本がドイツに勝つことは確実に予想できた。じゅうぶんに準備をする時間もあった。幸いにして技術の進歩で日清・日露のころより遥かに質の高い報道写真を、一般大衆も手が届く値段で大量に印刷できるようにもなっていた。博文館はここぞとばかりに『歐洲戰爭實記』を大量印刷し、莫大な利益を上げようと策した。

 人間の社会の常識だが、儲かるとなれば真似しようという連中が必ず出てくる。具体的に言えば、他の出版社もグラフ雑誌を発行しておおいに儲けようとした。ここで『歐洲戰爭實記』はそれまでのライバルの新聞だけで無く、他の出版社発行のグラフ雑誌も競争相手とすることになった。

 一般的に「競争」と言えば、望ましいというイメージを誰もが持っているのではないだろうか。私もじつは昔はそう思っていた。どんな分野でも競争が盛んになれば「生産物」の質は上がり価格は下がり、いいこと尽くめだと考えていた。ところが、歴史を研究しているうちに必ずしもそうで無いことに気がついた。競争というものが、かえって社会へ悪影響をもたらすケースが長い歴史のなかにはあるということだ。じつは、人類全体の歴史のなかでも私の知る限り、この「日比谷焼打事件以後、昭和二十年までの日本マスコミ史」は、その典型的な例なのである。

米紙は独軍の勇猛さのみを強調

 そのことについて詳しく触れる前に、『歐洲戰爭實記』に掲載された日本の青島要塞攻略についての外国の反応を紹介しておこう。

「青島陷落に對する世界の反響」と題した特集記事「歐洲戰爭實記(第九号)」である。世界各国の新聞が青島陥落をどのように評したか、順を追って紹介してある(以下、〈 〉内は同記事からの引用)。

 まず、同盟国英吉利(イギリス)の反応だが、『ロンドン・タイムス』紙は、〈比較的僅少の損害を以て戰爭の目的を逹したるを欣幸と爲す〉と述べている。これは名指しこそしていないものの、総司令官の神尾光臣中将の戦略に対する絶賛に他ならない。さらに〈我聯合軍(=英軍と日本軍。引用者註)は、十七箇年來の獨逸の事業を根柢より覆し、獨逸人の陰謀は茲に極東より掃攘せられたり。而して獨逸勢力の驅逐は、啻に北京政府に對する獨逸の威望を打破したるのみならず、更に支那の境域を超え、亞細亞全土を通じて印度、更に或は埃及土耳其の遠きに亙る獨逸の信用と勢威を減削せんこと必せり〉と続けている。

 現代語に訳すまでも無いとは思うが、要するに「ドイツの勢力は中国だけで無く、インド(印度)やエジプト(埃及)やトルコ(土耳其)でも失墜した」。つまり、ドイツ皇帝ヴィルヘルム2世によって画策された「3B政策」、つまりBが頭文字のベルリン、ビザンティウム(イスタンブール)、バグダッドを鉄道で結びドイツの勢力範囲とする政策が破綻した、と快哉を叫んでいるのである。

 また同じ英紙の『イヴニング・スタンダード』紙は、とくに神尾戦略について〈我同盟軍は戰術上三箇月を要すべしと豫期せられたる要塞を、僅か二三週間にして攻略せり。而して其損害は僅に數百の戰死者に止まれりと云ふ。該要塞が、三千の獨逸兵に依りて防禦せられ、且最近戰術の許す有ゆる設備を有するに鑑みる時は、其成功たるや殊に顯著たりと云ふべし〉と、これも絶賛している。

 たしかにドイツ側のワルデック大佐の「弁明」にあったように、青島要塞はこの記事の言うようにすべてが最新鋭だったわけでは無いが、それでもビスマルク砲台には最新鋭の大砲が配備されていたから、この評価は妥当なものと言っていいだろう。

関連キーワード

関連記事

トピックス

割れた窓ガラス
「『ドン!』といきなり大きく速い揺れ」「3.11より怖かった」青森震度6強でドンキは休業・ツリー散乱・バリバリに割れたガラス…取材班が見た「現地のリアル」【青森県東方沖地震】
NEWSポストセブン
前橋市議会で退職が認められ、報道陣の取材に応じる小川晶市長(時事通信フォト)
《前橋・ラブホ通い詰め問題》「これは小川晶前市長の遺言」市幹部男性X氏が停職6か月で依願退職へ、市長選へ向け自民に危機感「いまも想像以上に小川さん支持が強い」
NEWSポストセブン
3年前に離婚していた穴井夕子とプロゴルァーの横田真一選手(Instagram/時事通信フォト)
《ゴルフ・横田真一プロと2年前に離婚》穴井夕子が明かしていた「夫婦ゲンカ中の夫への不満」と“家庭内別居”
NEWSポストセブン
二刀流かDHか、先発かリリーフか?
【大谷翔平のWBCでの“起用法”どれが正解か?】安全策なら「日本ラウンド出場せず、決勝ラウンドのみDHで出場」、WBCが「オープン戦での調整登板の代わり」になる可能性も
週刊ポスト
高市首相の発言で中国がエスカレート(時事通信フォト)
【中国軍機がレーダー照射も】高市発言で中国がエスカレート アメリカのスタンスは? 「曖昧戦略は終焉」「日米台で連携強化」の指摘も
NEWSポストセブン
テレビ復帰は困難との見方も強い国分太一(時事通信フォト)
元TOKIO・国分太一、地上波復帰は困難でもキャンプ趣味を活かしてYouTubeで復帰するシナリオも 「参戦すればキャンプYouTuberの人気の構図が一変する可能性」
週刊ポスト
世代交代へ(元横綱・大乃国)
《熾烈な相撲協会理事選》元横綱・大乃国の芝田山親方が勇退で八角理事長“一強体制”へ 2年先を見据えた次期理事長をめぐる争いも激化へ
週刊ポスト
2011年に放送が開始された『ヒルナンデス!!』(HPより/時事通信フォト)
《日テレ広報が回答》ナンチャン続投『ヒルナンデス!』打ち切り報道を完全否定「終了の予定ない」、終了説を一蹴した日テレの“ウラ事情”
NEWSポストセブン
青森県東方沖地震を受けての中国の反応は…(時事通信フォト)
《完全な失敗に終わるに違いない》最大震度6強・青森県東方沖地震、発生後の「在日中国大使館」公式Xでのポスト内容が波紋拡げる、注目される台湾総統の“対照的な対応”
NEWSポストセブン
安福久美子容疑者(69)の高場悟さんに対する”執着”が事件につながった(左:共同通信)
《名古屋主婦殺害》「あの時は振ってごめんねって会話ができるかなと…」安福久美子容疑者が美奈子さんを“土曜の昼”に襲撃したワケ…夫・悟さんが語っていた「離婚と養育費の話」
NEWSポストセブン
《悠仁さまとの差》宮内庁ホームページ“愛子内親王殿下のご活動”の項目開設に「なぜこんなに遅れたのか」の疑問 皇室記者は「当主の意向が反映されるとされます」
《悠仁さまとの差》宮内庁ホームページ“愛子内親王殿下のご活動”の項目開設に「なぜこんなに遅れたのか」の疑問 皇室記者は「当主の意向が反映されるとされます」
週刊ポスト
優勝パレードでは終始寄り添っていた真美子夫人と大谷翔平選手(キルステン・ワトソンさんのInstagramより)
《大谷翔平がWBC出場表明》真美子さん、佐々木朗希の妻にアドバイスか「東京ラウンドのタイミングで顔出ししてみたら?」 日本での“奥様会デビュー”計画
女性セブン