冤罪事件で国と東京都を訴えた大川原化工機の社長(右)ら(時事通信フォト)

冤罪事件で国と東京都を訴えた精密機器メーカーの社長(左)ら(時事通信フォト)

動機は出世欲だけだったのか

「確かに事件の背景に捜査幹部の出世欲があった可能性はあるでしょう。でも問題の本質はもっと別にある気がします」──。警視庁の元中堅幹部は、こう語る。

 捜査を担当したのは外事1課の中でも不正輸出専門の第5係。不正輸出は相手国側の働きかけを受けてハイテク機械や技術を違法提供するもの。日本側企業は働きかけが相手国側の諜報活動か営利活動かは問われず、法令違反か否かだけが焦点となる。なぜなら相手国側に聞けるわけもなく、先方の意図を解明するのは不可能だからだ。

 実は今回の輸出先は中国で、ロシアではなかった。だが「それはどうとでも言い訳できます」と話すのは某県警の元捜査員だ。

「暴力団の取り締まり専門部署が特殊詐欺犯を検挙した際、組員の関与が不明でも『暴力団に資金が流れた可能性がある』との論理を用いるのと同じです。『ロシアに、友好国の中国経由で機械が渡った可能性がある』とすればいいのです」と説明した上で、ロシア担当が、専門外にもかかわらず今回強引に立件したのは「目先の点数稼ぎのためでしょう」と推察する。

 警察内部で「ソトイチ(外1)」と称される警視庁外事1課はロシアの諜報員を震え上がらせてきた職人の集団だ。全国警察でも一目置かれる。今もロシアで英雄とされている旧ソ連の国際スパイ・ゾルゲを逮捕した、悪名高い戦前・戦中の特高警察の中にあって異色な、数々の“実績”を誇る外事課のDNAを受け継ぐソトイチには常に“結果”を求めるプレッシャーがのしかかる。伝統に泥を塗るわけにはいかないのだ。

 実際、2000年頃までのソトイチは華々しい歴史に彩られていた。1997年には福島の失踪者「黒羽一郎」に背乗り(成り済ま)したロシアのスパイが30年以上、日本で軍事情報を収集していたエポックメーキングな事件を解明。2000年にはロシア大使館付海軍武官のボガチョンコフ大佐が幹部自衛官から秘密文書の提供を受けていた超大物スパイ事件を摘発している。

存在意義の“大きな柱”を失って

「やはりイランの存在は想像以上に大きかったということでしょう」──。全国の公安警察を束ねる警察庁警備局の元関係者はこう振り返る。イランは米国と対立する大国の1つだが、2023年3月には中ロと3ケ国で合同軍事演習を実施して共同で米国を牽制。イランはロシア、中国とともに、米国と同盟関係にある国々、ひいては日本が警戒すべき存在だ。

 警視庁の外事部門が外事1課と2課の2部署体制だった時代は、外事2課が中国と北朝鮮、外事1課はロシアとイランを担当していた。

 ソトイチは1991年、ミサイル転用部品をイランに不正輸出していた航空機器メーカーの社長ら4人を逮捕。2000年1月にはロケット砲転用部品をイランに不正輸出していた商社の取締役2人を逮捕している。しかも商社に輸出代金を支払った元イラン大使館員2人を書類送検。イランの諜報事件摘発も、ソトイチにとっては大きなウエイトを占めていたのである。

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