ライフ

【逆説の日本史】「軍人だけが本当の忠臣であり他はニセモノ」という恐るべき結論

作家の井沢元彦氏による『逆説の日本史』(イメージ)

作家の井沢元彦氏による『逆説の日本史』(イメージ)

 ウソと誤解に満ちた「通説」を正す、作家の井沢元彦氏による週刊ポスト連載『逆説の日本史』。近現代編第十二話「大日本帝国の確立VII」、「国際連盟への道5 その15」をお届けする(第1401回)。

 * * *
 コメは天皇あるいは祖先神の霊力が乗り移った「スーパーフード」である。それゆえ、むしろ戦場でそれを必要とした。これが前回提示した「二つの難問(謎というべきかもしれないが)」のうち、「陸軍はなぜ、戦場ではきわめて非効率な飯盒炊爨にこだわったのか?」の解答である。

 しかし問題は、そうするともう一つの難問「陸軍はなぜ、軍隊の『兵站(補給)』部門を評価するどころか蔑視したのか?」の解答がさらに難しくなる、ということだ。というのは、戦場にそのスーパーフードを運ぶのはまさに「輜重輸卒」の仕事だからだ。「今日もオコメを食べられるのは、兵站部門のおかげです」となっても不思議は無いのに、実際には「輜重輸卒が兵隊ならば、電信柱に花が咲く」である。どうしてこうなってしまったのか?

 史料絶対主義の日本の歴史学では、解明不可能と言ってもいいだろう。この『逆説の日本史』で何度も強調したように、人間は誰もが常識で知っていると考えることは記録しない。だから、記録つまり史料によってすべてを解明しようとする日本の歴史学は、こういうところで挫折する。それどころか「なぜ非効率な飯盒炊爨にこだわったのか」や、「なぜ兵站部門を評価するどころか蔑視したのか」という重大な問題点にも気がつかなくなる。ここでは、あくまで当時の常識に立ち戻って考えてみよう。

 まず、「兵隊」とはなんだろうか。国語辞書には、〈へい‐たい【兵隊】 1 兵士を隊に組織・編制したもの。軍隊。「―に行く」。 2 下級の軍人。兵〉(『デジタル大辞泉』小学館)とある。この場合は2の意味で、しかも「輜重輸卒」は組織上、大日本帝国陸軍の一部なのだから、論理的に考えるなら「輜重輸卒は兵隊」であるはずだ。しかし、一方で「輜重輸卒が兵隊ならば、チョウチョ・トンボも鳥のうち」という「歌」が広く知られていたのだから、「国語辞典とは違う別の兵隊に関する定義」があったということになる。それは常識であったが故に誰もが書かなかった。つまり史料を残さなかったが、明白にその区別はあったということである。

 ではそれはなにかと言えば、「兵士とは、命を懸けて天皇に奉公する職種である」という自覚だろう。サムライと同じである。武士道の古典とも言うべき『葉隠』には、冒頭に「武士道と云は死ぬ事と見付たり」とある。「サムライは結局、主君のために死ぬことが御奉公(の本筋)だ」という意味だ。なぜ死なねばならないかと言えば、それは敵と戦うからである。これが常識なら、敵と直接は戦わず命の危険も少ない兵站部門の兵士は真の兵士では無い、ということになる。もちろん、戦場で活動するのだから敵の攻撃を受け死者が出る可能性は常にある。しかし、その場合の「死」は一応「戦死」にカウントはされるものの、敵と直接戦っての死では無いから価値が低い、というような考え方があったのだろう。そうでなければ、「輜重輸卒は(真の)兵隊では無い」という結論になるはずが無い。

 徳川家康がまだ今川家の「人質」つまり松平元康だった時代に、桶狭間の合戦が起こった。ここで注目すべきは、松平軍(三河兵)が東海地方最強だったことだ。「三河兵一人は、織田軍(尾張兵)三人に匹敵する」と言われたという。もちろん今川軍(駿河兵)よりもはるかに強い。しかし総司令官今川義元がその最強部隊に与えたのは、「大高城への兵糧入れ」すなわち兵站任務だった。なぜ、そうだったのか? 今川義元は、織田信長に楽に勝てると思っていたからである。だから信長の首を取るという攻撃軍にとっての最大の名誉は、今川軍で独占できると考えたのだ。もし信長が手強いと考えていたのなら、松平軍を最前線で織田軍と戦わせるか親衛隊として本陣のそばに配置しただろう。この戦いで今川義元が討ち取られた後、元康改め徳川家康は姉川の戦いでは最前線で最強の敵浅井長政軍を撃破し、小牧長久手の戦いでは羽柴秀吉軍の裏をかいて奇襲を成功させた。だから、桶狭間で義元が本陣警護を松平勢に任せていたら、信長は義元を討ち取れなかったかもしれない。

関連キーワード

関連記事

トピックス

大谷翔平の投手復帰が待ち望まれている状況だが…
大谷翔平「二刀流復活でもドジャースV逸」の悲劇を防ぐカギは“7月末トレード” 最悪のシナリオは「中途半端な形で二刀流本格復活」
週刊ポスト
ブラジルへの公式訪問を終えた佳子さま(時事通信フォト)
《ブラジルでは“暗黙の了解”が通じず…》佳子さまの“ブルーの個性派バッグ3690レアル”をご使用、現地ブランドがSNSで嬉々として連続発信
NEWSポストセブン
“進次郎劇場”で自民党への逆風は止まったか
《進次郎劇場で支持率反転》自民党内に高まる「衆参ダブル選挙をやれば勝てる」の声 自民党の参院選情勢調査では与党で61議席、過半数を12議席上回る予測
週刊ポスト
異物混入が発覚した来来亭(HP/Xより)
「生肉からの混入はあり得ないとの回答を得た」“ウジ虫混入ラーメン”騒動、来来亭が調査結果を公表…虫の特定には至らず
NEWSポストセブン
左:激太り後の水原被告、右:2月6日、懲役刑を言い渡された時の水原被告(左:AFLO、右:時事通信)
《3度目の正直「ついに収監」》水原一平被告と最愛の妻はすでに別居状態か〈私の夢は彼と小さな結婚式を挙げること〉 ペットとの面会に米連邦刑務局は「ノー!ノー!ノー!」
NEWSポストセブン
衆院広島5区の支部長に選出された今井健仁氏にトラブル(ホームページより)
【スクープ】自民広島5区新候補、東大卒弁護士が「イカサマM&A事件」で8000万円賠償を命じられていた
週刊ポスト
9月に成年式を控える悠仁さま(2025年4月、茨城県つくば市。撮影/JMPA)
悠仁さまが学園祭にご参加、裏方として“不思議な飲み物”を販売 女性グループからの撮影リクエストにピースサイン、宮内庁関係者は“会いに行ける皇族化”を懸念 
女性セブン
V9伝説を振り返った長嶋茂雄さんのロングインタビューを再録
【長嶋茂雄さんロングインタビュー特別再録】永久不滅のV9伝説「あの頃は試合をしていても負ける気がしなかった。やっていた本人が言うんだから間違いないよ」
週刊ポスト
“超ミニ丈”のテニスウェア姿を披露した園田選手(本人インスタグラムより)
《けしからん恵体で注目》プロテニス選手・園田彩乃「ほしい物リスト」に並ぶ生々しい高単価商品の数々…初のファンミ価格は強気のお値段
NEWSポストセブン
浅草・浅草寺で撮影された台湾人観光客の写真が物議を醸している(Xより)
「私に群がる日本のファンたち…」浅草・台湾人観光客の“#羞恥任務”が物議、ITジャーナリスト解説「炎上も計算の内かもしれません」
NEWSポストセブン
ブラジルを公式訪問されている秋篠宮家の次女・佳子さま(時事通信フォト)
《スヤスヤ寝顔動画で話題の佳子さま》「メイクは引き算くらいがちょうどよいのでは…」ブラジル訪問の“まるでファッションショー”な日替わり衣装、専門家がワンポイントアドバイス【軍地彩弓のファッションNEWS】
NEWSポストセブン
ヨグマタ相川圭子 ヒマラヤ大聖者の人生相談
ヨグマタ相川圭子 ヒマラヤ大聖者の人生相談【第24回】現在70歳。自分は、人に何かを与えられる存在だったのか…これから私にできることはありますか?
週刊ポスト