やがて絞殺後に焼かれた男は歯の治療痕から江戸川区在住の〈亀沢一記〉、36歳と判明。が、勤め先も私生活も地味な独身男性がなぜそんな殺され方をしたのか、動機すら掴めずにいた矢先、真萩は眼鏡型ゴーグル愛用者の南条から〈《ドラゴンズ・グレイブ》ってゲーム知ってる?〉〈ひとり目の被害者は炎の魔法で焼かれ、ふたり目は光の魔法で貫かれるんだって〉〈似てるって、ネットで評判になってるんだよね〉との噂を聞き、慌ててスマホを開いた。
〈若いくせにスマホ?〉とバカにされながらも〈手で触れるもの〉に拘る彼女を南条は〈まあ、刑事に向いてるんじゃないか〉と意外にも肯定し、かと思うと、亀沢の事件と、荒川区内で起きた第二の殺人事件に関するその噂を、真萩に会議で発表するよう無茶ブリしたりもした。
捜査会議で真萩は、そのネット上の噂をしぶしぶ発表することになるのだが、他の捜査員からは鼻で笑われ、上層部も全く取り合おうとはしなかった。だが事態はその噂を無視できない方向へと進展していく──。瀧川が没頭しているドラゴンズ・グレイブの中の連続殺人の発生時に見つかる物と全く同じ遺留品が、現実の事件現場でも発見されていたのだ。
プレーヤー心理を僕は描写しただけ
駐在時代、善意で接した女性にSNSで中傷され、人間不信から警察を辞めた瀧川や、〈ぼくは考えるのが苦手だから〉と飄々と宣う美形だが能力不詳の南条。そして著者自身、女性性をあえて排したという真萩のそれでも伝わる個性や意地、さらにはゲームの中の面々まで、単なる作中作というよりは、彼らの言動を読む自分までがその虚実の渦に取り込まれていくような、不思議な感覚に陥る小説だ。
例えばゲーム内の洋館で流しの傭兵〈ヴァリス〉が業火に焼かれた時、瀧川は思った。〈面白い〉〈閉鎖空間でのフーダニットのようではないか〉〈一件だけでは面白くない〉〈次は誰が殺されるのか〉と。
「酷いことを言いますよね。でも僕はプレーヤー心理を描写しただけで、どんなに残酷な話も娯楽として消費できるのが人間だとも思う。小説も映画も面白いに越したことはないわけですし、娯楽って本来こんなものだよねって、そう思ってもらっても面白いかもしれません。それこそ『現実は虚構より当然上』とは言い切れない状況に、今はもう入りつつある気が僕はするので」
それにしてもなぜ犯人はゲームの中の殺人を模し、そこに何のメリットがあったのか。その真相を読者が見抜くのは至難の業だが、現実と大差ないVR空間に遊ぶ瀧川の視界を、さらに私達が覗き込む初めての感覚にクラクラするだけでも、この小説を読む価値は大いにある。
【プロフィール】
貫井徳郎(ぬくい・とくろう)/1968年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒。不動産会社勤務を経て、1993年に第4回鮎川哲也賞最終候補作『慟哭』でデビュー。いきなりベストセラーに。2010年『乱反射』で第63回日本推理作家協会賞、『後悔と真実の色』で第23回山本周五郎賞。著書は他に『愚行録』『灰色の虹』『新月譚』『邯鄲の島遥かなり』等。「独り言が増えたり、製作側がどこまで謎解きにフェアかを考えてしまったり、僕もゲームをやる人の感覚はよくわかります」。180cm、63kg、A型。
構成/橋本紀子 撮影/国府田利光
※週刊ポスト2023年12月15日号